元数学者、異世界を数学で書き換える 第9話
元数学者、異世界を数字で書き換える
第9話「安全ルート表」
Cランクに昇格してから、俺は少しずつ活動の幅を広げていった。
依頼をこなしながら実戦経験を積み、演算展開のスキルレベルも着実に上昇していく。今では小規模な建造物――簡素な小屋程度なら、時間をかければ構築できるようになっていた。
「演算展開・物体構築」
森の中の空き地で、俺は試しに簡易的な四阿を組み立ててみた。木材の分子構造そのものを操作し、釘も工具も使わずに組み上げる。
「……悪くない出来だ」
完成した四阿を眺めながら、俺は満足げに頷いた。
まだ一軒家を建てるほどの規模には及ばないが、着実にスケールが大きくなっているのは実感できる。
その帰り道、俺はふと、ギルドの依頼掲示板に目を留めた。
「白銀の獅子」の名前が、また新しい討伐依頼の受注者として貼り出されている。
「……また、あのルートか」
討伐対象は、王都近郊に出没する凶暴化したホーンラビットの群れ。依頼内容の詳細を見ると、やはり俺が以前作成した地図とほぼ同じルートが使われていた。
少し複雑な気持ちになりながらも、俺はふと気になって、依頼票の隅に描かれた紋章を確認した。
やはり、あの灰色の紋章がある。
「灰色商会、か」
気になって調べてみようかとも思ったが、今の俺にできることは限られている。深追いはせず、俺はギルドを後にした。
◇◇◇
その日の夜、俺は宿の部屋で、これまでの検証結果をノートにまとめていた。
前世の癖で、こういう地道な記録作業は苦にならない。むしろ、数字や現象を整理していく過程が、どこか心地よくすらあった。
【演算展開検証記録】
・座標移動:現在の限界距離、約8m。連続使用時のクールタイムは約10秒
・物体構築:小型武器は瞬時に生成可能。建造物レベルは要時間、現状は簡易的な小屋程度が限界
・思考負荷:複雑な演算ほど消費が大きい。単純な処理ほど負荷は軽い
・魔力消費:演算の規模に比例。レベルアップとともに総量、消費効率ともに改善傾向
「ふむ」
記録を見返しながら、俺は顎に手を当てた。
レベルが上がるにつれて、演算展開の効率も明らかに向上している。今のペースで成長を続ければ、いずれはもっと大規模な演算も可能になるはずだ。
(問題は、時間だな)
ダグたちのパーティーは、既にAランク昇格試験に挑戦するほどの実力をつけている。今の俺との差は、まだ決して小さくない。
だが――と、俺は考える。
数字の世界には、"追いつく"だけでなく、"追い越す"ための理論もある。指数関数的な成長曲線というものを、俺は前世でよく知っていた。
「地道な積み重ねが、ある時点から爆発的な伸びに変わる。……それを信じるしかないな」
俺はノートを閉じた。
◇◇◇
数日後、俺は王都郊外の森で、ダグの姿を偶然目撃した。
一人で薬草採取の依頼をこなしているようだった。パーティーメンバーの姿は見当たらない。
「……何をしてるんだ、あいつ」
気配を殺しながら、俺は少し離れた場所からその様子を窺った。
ダグは、手元の紙切れと睨めっこしながら、薬草の群生地を探し回っていた。だが、その動きはどこかぎこちなく、明らかに要領を得ていない。
「くそっ、どこだよ……」
苛立たしげに呟きながら、ダグは何度も同じ場所を行ったり来たりしている。
俺はふと、彼が握りしめている紙切れに目を留めた。ボロボロに擦り切れ、何度も折り畳んだ跡のあるそれは――どこか見覚えのある形式だった。
(まさか)
遠目からでは、はっきりとは見えない。だが、あの紙の形式――俺が以前、パーティーのために作成した安全ルート表と、酷似しているように見えた。
「……使ってるのか」
思わず、声が漏れた。
パーティーを追放される直前まで、俺が地道に作り続けていたあの地図やルート表。てっきり、追放と同時に捨てられているものと思っていた。
だが、ダグは今も、それを頼りに動いているらしい。
(単純に馬鹿にしていたわけじゃ、なかったのか)
そんな考えが、ふと頭をよぎった。だが、すぐに首を振る。
過去の関係性がどうであれ、あの日、あの瞬間に俺を「役立たず」と切り捨てた事実は変わらない。多少の情が湧いたところで、それを理由に何かを変えるつもりはなかった。
俺は静かにその場を後にした。
◇◇◇
その夜、俺は再び自分のステータスを確認した。
【ライ・アーデン】
種族:人間
ギルドランク:C
レベル:22
HP:88/88
MP:65/65
筋力:15
敏捷:18
知力:42
──スキル──
演算展開:Lv.6
一ヶ月足らずで、これだけの成長を遂げていた。
「悪くない、な」
だが、まだ足りない。ガイウスたちのパーティーに追いつき、追い越すには、もっと圧倒的な力が必要だ。
「……もう少し、追い込むか」
俺は静かに拳を握りしめ、翌日からの鍛錬計画を練り始めた。
(第10話へ続く)




