元数学者、異世界を数学で書き換える 第10話
元数学者、異世界を数字で書き換える
第10話「ランクB、そして予兆」
それから一ヶ月、俺はひたすら鍛錬に明け暮れた。
ダンジョン攻略、依頼消化、そして演算展開の検証。日々の積み重ねは、着実に俺の力を押し上げていった。
ギルドランクはBに昇格し、レベルは40を超えている。演算展開のスキルレベルもLv.9まで上昇し、座標移動の距離は十メートル近くまで伸びていた。
「そろそろ、実戦での応用も考えるべきだな」
俺は、これまでの検証で得た知見を、実践的な戦闘技術に落とし込む作業を進めていた。
単純な物体構築だけでなく、複数の武器を同時に生成する。座標移動を回避と攻撃の両方に活用する。演算展開の"応用力"が、少しずつ広がっていくのを実感していた。
◇◇◇
ある日、俺はギルドの依頼で、王都近郊の森に巣食う盗賊団の討伐任務を受けた。
単独での討伐依頼としては、なかなか骨のある内容だ。だが、今の俺にとっては、力を試す良い機会でもあった。
「演算展開・境界設定」
盗賊団のアジトへと乗り込む前に、俺は周囲に簡易的な結界を張った。逃走経路を塞ぐための布石だ。
数値化した"空間の境界"を操作し、見えない壁を作り出す。これも、演算展開の応用の一つだった。
「誰だ、テメェ!」
アジトの中から、盗賊の一人が飛び出してくる。
「演算展開・物体構築」
俺は瞬時に短剣を生成し、応戦した。
一人、また一人と、盗賊たちを制圧していく。最初の頃と比べ、演算展開の発動速度は格段に上がっていた。思考のプロセスが最適化され、複雑な計算も瞬時にこなせるようになっている。
「――以上だ」
盗賊団のリーダーを含む十数名を制圧し終えた頃には、日が傾き始めていた。
討伐報告のためギルドへ戻る道中、俺はふと、路地裏であの青年――以前見かけた、木刀を振っていた青年の姿を再び目にした。
今回は素振りではなく、依頼帰りらしく、返り血のついた稽古着姿で歩いている。
「……お前、この間の……」
青年の方も、俺に気づいたようだった。値踏みするような視線がこちらに向けられる。
「ん?」
「いや、何でもない」
青年はそう言うと、そのまま俺の横を通り過ぎていった。だが、すれ違う瞬間、彼の視線が一瞬、俺の腰に提げた短剣――さっきの戦闘で使った演算展開の生成物――に向けられたのを、俺は見逃さなかった。
(観察眼が鋭いな)
何者なのか気になったが、深追いする理由もない。俺はそのままギルドへと向かった。
◇◇◇
討伐報告を終え、ギルドを出ようとしたところで、俺は掲示板の前で立ち止まった。
「白銀の獅子、ランクA昇格――」
貼り出されたばかりの報告書に、そう記されていた。
とうとう、彼らはAランクへと昇格したらしい。俺との差は、依然として開いたままだ。
「……なるほど、な」
焦りがないと言えば嘘になる。だが、それ以上に――俺の中には、静かな闘志が燃えていた。
(数字の上での差なんて、いくらでも覆せる)
前世で証明してきたことだ。どれだけ差があろうと、正しい理論とアプローチさえあれば、追いつき追い越すことは不可能じゃない。
俺は掲示板から視線を外し、静かに拳を握りしめた。
「――もう少し、待っていろよ」
誰に向けるでもなく、そう呟いた。
◇◇◇
その夜、俺はステータスを確認しながら、今後の方針を練っていた。
【ライ・アーデン】
種族:人間
ギルドランク:B
レベル:47
HP:180/180
MP:140/140
筋力:28
敏捷:35
知力:88
──スキル──
演算展開:Lv.9
「レベル50、スキルレベル10。このあたりが、一つの区切りになりそうだな」
数字を見比べながら、俺はそう分析した。
前世での経験則から言えば、こういった成長システムには、しばしば"閾値"がある。ある一定のラインを超えた瞬間に、できることの幅が一気に広がる――そんな予感が、確かにあった。
「――さて」
俺はノートを開き、次の目標を書き記した。
『演算展開の応用範囲拡大。特に、"複数演算の同時処理"について検証すること』
一つの演算だけでなく、複数の演算を同時に走らせることができれば、戦闘の幅は格段に広がるはずだ。前世でいう並列処理のような概念を、この力に応用できないか――そんな仮説が、俺の頭の中で形になりつつあった。
窓の外に目をやると、王都の夜空に星が瞬いていた。
前世で見た星空と、どこか違う配置。だが、それでも、こうして星を見上げる時間だけは、不思議と心が落ち着いた。
「……やるべきことは、まだまだ多いな」
俺は静かに窓を閉め、明日への鍛錬に思いを馳せた。
(第11話へ続く)




