元数学者、異世界を数字で書き換える 第11話
元数学者、異世界を数字で書き換える
第11話「呼び出し」
「――お前が、ライか」
ある日の昼下がり、ギルドの酒場でのことだった。
声をかけてきたのは、ダグだった。以前とは明らかに違う、鋭い視線をこちらに向けている。
「久しぶりだな、ダグ」
俺は静かに応じた。テーブルの向かいに、ダグはどかりと腰を下ろした。
「聞いたぜ。ランクB、レベル47。……嘘だろって思ったが、掲示板の記録見たら本当だったな」
「ああ」
「あの日から、二ヶ月ちょっとか。信じられねえよ」
ダグは複雑な表情を浮かべながら、テーブルに肘をついた。
「なあ、聞きたいことがあるんだけどよ」
「なんだ」
「お前が作ってた、あの地図とルート表――あれ、今も俺たち使わせてもらってる。正直、めちゃくちゃ助かってる」
予想外の言葉だった。追放してから今まで、彼らからそんな言葉が出てくるとは思っていなかった。
「……今更、それを言いに来たのか?」
「いや、それだけじゃねえ」
ダグは、少し言いにくそうに視線を逸らした。
「ガイウスの野郎が、お前のことを気にしてる。お前がここまで力をつけたってこと知って、様子がおかしいんだよ」
「様子が、おかしい?」
「ああ。何かに怯えてるみたいな……そんな感じだ」
ダグの言葉に、俺は静かに眉をひそめた。
(灰色商会、か)
頭の中で、あの紋章の記憶がよみがえる。ガイウスが何かに焦っているとすれば、あの組織が関係しているのかもしれない。
「なあ、ライ」
ダグが、真剣な表情でこちらを見た。
「もし、あの日のこと――今更謝ったところで、意味ねえのは分かってる。でもよ、俺は、お前のこと、そこまで嫌いだったわけじゃねえんだ」
「……」
「ただ、俺は学がねえし、お前みたいに難しいことを考えるやつが、正直よく分からなかった。数字とか計算とか、俺には縁のねえ世界の話だと思ってた」
ダグは、ぽつりぽつりと本音を漏らし始めた。
「でも、お前が作ったルート表のおかげで、俺たちは何度も命拾いしてる。それは、ちゃんと分かってるつもりだ」
「……それを言うために、ここに来たのか?」
「いや、違う」
ダグは首を振ると、懐から一枚の紙を取り出した。
「近々、ガイウスが、お前に話があるらしい。直接会って話したいってよ」
「話、だと?」
「ああ。詳しいことは俺も知らねえ。でも、只事じゃねえ雰囲気だった」
ダグはそう言うと、テーブルに紙を置いた。日時と場所が記された、簡素な手紙だった。
「王都郊外の廃教会、か」
「そこで待ってるってよ」
俺は、静かにその手紙を見つめた。
(いよいよ、か)
追放されてから二ヶ月あまり。ここにきて、ガイウスの方から接触してくるとは思っていなかった。
「行くのか?」
ダグの問いに、俺は静かに頷いた。
「ああ、行く」
拒む理由はなかった。むしろ、こちらから望んでいた展開でもある。
いずれ避けられない対峙が、少しずつ現実味を帯びてきていた。
「……ダグ」
「あ?」
「お前は、あの日のこと、後悔してるのか」
俺の問いに、ダグは一瞬、言葉に詰まった。
「……正直、分からねえ。でも、お前が今、こうして生きてて、しかもここまで強くなってるのを見て――ちょっとだけ、ほっとしてる自分がいるのは、確かだ」
その言葉に、嘘はないように聞こえた。
だが、それでも――俺の中で固まった決意は、揺らがなかった。
「そうか」
俺はそれだけ言うと、席を立った。
「教えてくれて助かった。近いうちに、ガイウスに会いに行く」
「……ああ」
ダグは何か言いたげな顔をしていたが、結局それ以上は何も言わず、俺を見送った。
◇◇◇
酒場を出た俺は、王都の夜道を歩きながら、これまでの経緯を頭の中で整理していた。
ガイウスが直接接触してきたこと。ダグが見せた、複雑な感情。灰色商会という、謎の組織の存在。
すべてが、少しずつ繋がっていくような予感があった。
「……面白くなってきたな」
俺は静かに呟いた。
前世で数々の未解決問題に挑んできた身として、こうして少しずつパズルのピースが揃っていく感覚は、決して嫌いではなかった。
だが同時に――ダグの見せた本音に、俺の中に小さな迷いが生まれていたのも事実だった。
(単純な復讐劇にはならない、か)
予定していた「弱い順に、一人ずつ」という筋書きが、少しずつ揺らぎ始めていることを、俺は自覚していた。
それでも――と、俺は思う。
あの日、俺を切り捨てた事実は変わらない。彼らがどんな感情を抱いていようと、俺自身の中にある「見返してやりたい」という気持ちは、消えることはなかった。
「まずは、ガイウスとの話し合いだな」
俺は静かに、教会へ向かう日を待つことにした。
(第12話へ続く)




