元数学者、異世界を数字で書き換える 第12話
元数学者、異世界を数字で書き換える
第12話「廃教会にて」
王都郊外、森の奥にひっそりと佇む廃教会。
かつては巡礼者で賑わっていたというその建物も、今では蔦に覆われ、崩れかけた尖塔がわずかに当時の面影を残しているだけだった。
約束の時刻、俺は一人でその場所に立っていた。
「――待っていたぞ」
教会の入り口から、ガイウスが姿を現した。以前と変わらぬ、落ち着いた物腰。だが、その瞳の奥には、微かな緊張が滲んでいるように見えた。
「わざわざ、こんな場所を指定するとはな」
「話を聞かれたくなかったのでな」
ガイウスは静かにそう言うと、俺との距離を数メートル保ったまま立ち止まった。
「単刀直入に聞く。お前の力――演算展開、と言ったか。あれは、どこまで成長する」
「答える義理はないな」
「……そうか」
ガイウスは小さく息を吐いた。
「なら、こちらの事情を話そう。お前を追放したのは、俺の判断だ。パーティーメンバーの誰にも、本当の理由は話していない」
「本当の理由?」
「お前の力に、俺は恐怖を感じた」
ガイウスの声は、静かだったが、確かな重みがあった。
「未知数の力というものは、時に国を滅ぼしかねない。お前がまだ、その力の全容を掴んでいない段階で――俺は、お前を切り捨てることを選んだ」
「随分な言い草だな」
「否定はしない。俺は、臆病者だ」
ガイウスは、まっすぐに俺を見据えた。
「だが、お前を切り捨てたことに、後悔がないわけじゃない」
「なら、なぜ今更、俺を呼び出した?」
俺の問いに、ガイウスはしばらく沈黙した。
「――お前に、警告をしておきたかった」
「警告?」
「俺たちのパーティーには、後援者がいる。"灰色商会"という組織だ」
その名前を、ガイウスの口から聞くことになるとは思っていなかった。俺は静かに耳を傾けた。
「あの組織は、有望な冒険者を"投資対象"として資金援助している。俺たちも、その恩恵を受けてここまで成り上がった」
「……それが、俺と何の関係がある」
「お前のような、規格外の力を持つ者は、遅かれ早かれ奴らの目に留まる」
ガイウスの表情に、初めて明確な焦りが浮かんだ。
「奴らは、有望な人材を"取り込む"か、"排除する"かのどちらかしか考えていない。お前がこのまま力をつけ続ければ、いずれ標的になるだろう」
「……随分と、親切なことだな。俺を切り捨てた張本人が」
皮肉を込めてそう言うと、ガイウスは一瞬、痛みを堪えるような表情を見せた。
「せめてもの、罪滅ぼしのつもりだ」
「罪滅ぼし、ね」
俺は、静かにガイウスを見据えた。
「なら、聞かせてくれ。あの日、俺を追放したのは、本当にそれだけが理由か?」
「……」
「ダグから聞いたぞ。お前の様子がおかしいと。灰色商会に、俺の情報を報告するかどうか、迷っているんじゃないのか」
ガイウスの表情が、わずかに強張った。図星のようだった。
「――否定はしない」
「なら、今すぐここで、俺を始末しておいた方が良かったんじゃないか?」
挑発するようにそう言うと、ガイウスは静かに首を振った。
「俺は、お前を殺したいわけじゃない。ただ――」
「ただ?」
「お前が、あまりにも早く力をつけすぎている。灰色商会が動き出す前に、どこか遠くへ逃げるなり、身を隠すなり、自分の身を守る術を考えておいた方がいい」
その言葉には、確かに一片の誠意が感じられた。だが、それでも――俺の中にある感情は、簡単には拭えなかった。
「忠告、ありがたく受け取っておく」
俺は静かにそう言うと、踵を返した。
「だが、俺はお前たちから逃げるつもりはない」
「……なに?」
「いずれ、決着をつける。それだけは、覚えておいてくれ」
俺はそう言い残すと、教会を後にした。
背後で、ガイウスが何か言いたげな気配を感じたが、振り返ることはしなかった。
◇◇◇
王都への帰り道、俺は静かに今日の会話を反芻していた。
(灰色商会、か)
想像以上に、大きな組織が背後に控えているらしい。国家規模の陰謀に片足を突っ込んでいる可能性すらある。
「面倒なことになってきたな」
独り言ちながらも、俺の心はどこか冷静だった。
相手が組織だろうと、国家だろうと、やるべきことは変わらない。力をつけ、確実に、着実に、目の前の課題を一つずつ片付けていくだけだ。
(まずは、あの四人との決着が先だ)
ガイウスの忠告は、ある意味でありがたいものではあった。だが、それに従って逃げるつもりは、微塵もなかった。
「――さて」
俺は静かに拳を握りしめた。
いよいよ、動き出す時が来たのかもしれない。
(第13話へ続く)




