元数学者、異世界を数学で書き換える 第7話
元数学者、異世界を数字で書き換える
第7話「灰色の紋章」
追放から二週間が経った。
俺はすっかり一人での生活に慣れつつあった。ダンジョン通いを続けながら、演算展開のスキルレベルはLv.5まで上昇し、座標移動の距離も八メートル近くまで伸びている。
レベルも15まで上がり、ステータス全体が底上げされていた。ギルドランクこそまだDのままだが、実力的にはCランクの依頼もこなせるようになってきている。
「そろそろ、ランクアップの試験を受けてもいい頃合いか」
俺はギルドへと向かった。
ギルドの扉をくぐると、掲示板の前に人だかりができているのが目に入った。何やら騒がしい。
「見ろよ、あれ」
「白銀の獅子が、ブレイズファングの群れを討伐したらしいぞ」
「さすがだな、あのパーティー」
聞こえてきた会話に、俺は思わず足を止めた。
掲示板に貼られていたのは、討伐成功の報告書だった。依頼主はガルドレア王国、対象はブレイズファングの群れ三体。討伐者は――「白銀の獅子」。
「……そうか」
複雑な感情が胸をよぎる。
俺が単独で一体のブレイズファングを辛くも倒したのに対し、彼らは群れを相手に討伐を成功させている。パーティーとしての地力は、やはり侮れない。
(だが――)
と、俺は報告書の詳細に目を通した。討伐にかかった時間、負傷者の数。細かい数字を見比べていくうちに、あることに気づいた。
(このルート、俺が組んだ地図とほぼ同じだ)
俺が以前、パーティーのために整理していた安全ルートのデータ。それが、討伐報告書に記載されたルートとほとんど一致していた。
「……使ってるのか、俺の作ったものを」
苦笑が漏れる。役立たずと切り捨てておきながら、俺の残したデータはしっかり活用している。皮肉な話だ。
だが、それ以上に――俺の意識を引いたのは、報告書の隅に描かれた小さな紋章だった。
灰色の、複雑に絡み合った幾何学模様。ギルドの紋章とは明らかに違う。依頼のスポンサーを示すマークだろうか。
「見慣れないマークだな」
俺は近くにいた受付嬢に声をかけた。
「すみません、この報告書に描かれている紋章、何のマークか分かりますか?」
受付嬢は少し困った顔をした。
「ああ、それは……。「白銀の獅子」さんが、最近よく受けている依頼のスポンサーのマークですね。詳しいことは、私共も把握していないのですが……」
「スポンサー、ですか」
「ええ。国からの依頼とは別に、個人的な後援を受けているみたいで。羽振りが良くなったのは、その頃からだと聞いています」
受付嬢はそう言いながら、少し声を潜めた。
「あまり大きな声では言えませんが……"灰色商会"という組織の名前を耳にしたことがあります。真偽のほどは分かりませんが」
「灰色商会」
俺はその名を、静かに反芻した。
「ありがとうございます、参考になりました」
受付嬢に礼を言い、俺はギルドを後にした。
(灰色商会、か)
頭の中の記憶を探ってみても、そんな組織の名前に心当たりはない。この体――ライとしての記憶にも、ほとんど情報が残っていない。よほど裏で動いている組織なのだろう。
「まあ、今の俺には関係のない話だな」
そう自分に言い聞かせながらも、心のどこかに小さな引っかかりが残った。
◇◇◇
その日の夕方、俺はダンジョンからの帰り道、王都の路地裏で妙な光景に出くわした。
一人の少年――いや、俺と同年代くらいの青年が、木刀を握りしめ、壁に向かって黙々と素振りを繰り返していた。
精悍な顔つきに、稽古着の袖を捲った姿。全身から立ち上る鋭い気配に、思わず足を止める。
(強い……な)
素人目にも分かるほど、洗練された動きだった。無駄がなく、それでいて力強い。
だが同時に、どこか苛立たしげな表情も見て取れた。何度も何度も、同じ動作を繰り返しては、小さく舌打ちをしている。
「……なんで、勝てるのか、分からねえ」
独り言のように呟く声が、微かに聞こえた。
俺は特に声をかけることもなく、その場を通り過ぎた。見ず知らずの人間に、下手に関わるべきではない。
だが、その青年の姿は、なぜか妙に記憶に残った。
◇◇◇
数日後、俺はついにギルドランクの昇格試験を受けることを決めた。
受付でランクアップ試験の申請をすると、担当官に案内され、試験場である訓練用の闘技場へと足を運んだ。
「では、規定の魔物三体を討伐していただきます。制限時間は十分です」
担当官の説明を聞きながら、俺は静かに闘技場の中央へと進み出た。
ゲートが開き、三体のゴブリンが姿を現す。ランクD相当の魔物だ。今の俺にとっては、もはや脅威とは言えない相手だった。
「演算展開・物体構築」
手の中に、鋭い短剣が生成される。ゴブリンたちが襲いかかってくるが、俺は冷静に対処した。
「演算展開・座標設定」
一体目の攻撃を難なくかわし、短剣で急所を突く。二体目、三体目も、同様の手順で瞬く間に片付けた。
わずか一分足らずでの決着だった。
「……お見事です」
担当官が、目を丸くしながら記録をつけている。
「これにて、ギルドランクCへの昇格を認定いたします」
「ありがとうございます」
俺は静かに頭を下げた。
Dランクからの脱却。まだ道のりは長いが、確かな一歩だった。
(次は、Bランク。そして、いずれは――)
脳裏に、四人の顔が浮かぶ。ダグ、セリア、ボルド、ガイウス。
力をつけていく過程で、いずれ避けられない対峙が待っている。俺はそれを、はっきりと自覚し始めていた。
(第8話へ続く)




