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元数学者、異世界を数字で書き換える  作者: godrenkon
第一章 復讐編

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元数学者、異世界を数学で書き換える 第6話

元数学者、異世界を数字で書き換える


第6話「期待値の話」



検証を始めて五日目、俺は金が尽きかけていた。


所持金、銀貨二十一枚。


検証には金がかからない、というのは嘘だ。宿代も食費も日ごとに減っていくし、演算展開を回せば腹が減る。魔力の消費は、そのまま代謝の消費だった。


「働くか」


俺はギルドの依頼掲示板の前に立った。


ランクDが受注できる依頼は、掲示板の一番下の段に、まとめて押し込められている。皆、見向きもしない紙切れの群れだ。


【薬草採取(カモミレ草) 二十束 報酬:銀貨三枚】

【下水路の大鼠駆除 十匹 報酬:銀貨四枚】

【隣村への書簡配達 報酬:銀貨二枚】

【ゴブリン討伐(要ランクD以上) 一体につき銀貨二枚】


普通の冒険者なら、報酬額の一番高いものを取る。当然の判断だ。


だが、俺は違う見方をした。


報酬は、収入だ。だが収入には、必ず費用と、時間と、失敗確率がついてくる。比べるべきなのは報酬額ではなく、「単位時間あたりの期待値」だ。


前世で、学生に何度も説明した話だった。宝くじの一等が三億円でも、当たる確率が一千万分の一なら、一枚あたりの期待値は三十円だ。金額だけを見て判断する人間は、必ず損をする。


俺はノートを開き、四つの依頼を分解した。


大鼠駆除。報酬四枚。所要、下水路の構造から推定して六時間。危険度は低いが、十匹という条件がきつい。鼠は逃げる。捕獲率を六割と見て、実質は八時間。時給、〇・五枚。


ゴブリン討伐。一体二枚。今の俺なら三十分で一体。時給四枚。ただし――負傷確率が無視できない。ポーション一本が銀貨五枚。三回に一回怪我をするとして、期待費用が一・七枚。実質時給、二・三枚。


書簡配達。報酬二枚。往復六時間。時給〇・三枚。論外だ。


薬草採取。報酬三枚。ここが面白い。


「……採取ポイントの地図なら、俺の頭の中にある」


三年間、俺が作り続けたものだ。カモミレ草の群生地なら、王都近郊に七箇所。季節、日照、土壌の湿り具合から、今の時期に最も密度が高いのは北の三番目。往復二時間、採取四十分。


時給、一・五枚。


「――だが、そこじゃないな」


俺はもう一度、掲示板を見上げた。


掲示板の右端に、依頼票が三枚、色褪せて残っていた。長く誰にも取られていない証拠だ。


【カモミレ草 二十束 報酬:銀貨三枚】が、三枚。


同じ依頼が、三件。別々の薬師から出ている。


「……ああ、なるほど」


俺は笑った。


一箇所の群生地で、二十束は簡単に採れる。だが六十束なら、往復三回が必要だと、誰もが思っている。だから誰も三枚まとめて取らない。


だが、群生地の密度を知っていれば――北三番の群生地は、ひと季節に約二百束を産出する。一度で六十束、採り切れる。


移動時間は据え置き。報酬だけが三倍。


時給、四・五枚。


「三枚とも、受注します」


受付に依頼票を三枚並べると、担当官が目を丸くした。


「三件同時、ですか。あの、期限が――」


「明日の夕方までですよね。間に合わせます」


「……本気ですか」


「はい」



◇◇◇



北三番の群生地で、俺は淡々と草を摘んだ。


演算展開は、ほとんど使わなかった。使ったのは、束を縛る紐の長さを揃えるときだけだ。二十束の重量が均等になるよう、一束あたりの本数を数えて調整した。薬師は目方で受け取る。均等な束は、検品が早い。


帰り道、俺は自分の作業を数値化した。


採取速度、毎分十二本。休憩を含めた実効速度、毎分九本。六十束、千八百本で、約三時間半。


移動を含めて、五時間半。報酬、銀貨九枚。


時給、一・六枚。


「……見積もりが甘かったな」


独りごちる。四・五枚は、休憩と検品を数えていない机上の数字だった。


だが、それでいい。実測が出たなら、次の見積もりはもっと正確になる。


前世で、俺はこの手のズレを何百回も見てきた。理論値と実測値が違うのは失敗じゃない。両方を持っている人間だけが、三回目に正しい答えを出せる。



◇◇◇



三人の薬師に納品を終えたのは、翌日の昼だった。


三軒目の薬師は、白髪の老婆だった。束を一つ手に取り、しばらく眺めてから、俺を見上げた。


「あんた、この束、全部同じ重さだね」


「はい」


「なんで」


「検品が楽かと思って」


老婆は、ふん、と鼻を鳴らした。


「四十年やってて、そんなことした奴は初めてだよ」


そして、銀貨を三枚と――もう一枚、余分に台に置いた。


「これは?」


「手間賃さ。うちは目方で買うんじゃない、束で買うんだ。均してあると、こっちの調合が狂わない」


老婆は、皺だらけの指で束を撫でた。


「次も、あんたに頼むよ」


俺はしばらく、その一枚を見下ろしていた。


銀貨一枚。額としては、大したことはない。


だが、これは報酬ではなく――評価だった。


三年間、俺が一度ももらえなかったものだ。


「……ありがとうございます」


頭を下げた声が、少しだけ掠れた。


店を出て、俺は空を見上げた。


所持金、銀貨三十一枚。生存可能日数、十五日から二十三日へ。


増えた日数は、たったの八日だ。


それでも、俺は今日、はっきりと計算できることを一つ増やした。


――丁寧にやると、単価が上がる。


ノートに書いておこう、と思った。



(第7話へ続く)


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