↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
元数学者、異世界を数字で書き換える  作者: godrenkon
第三章 帰還編 【A】

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
48/60

元数学者、異世界を数字で書き換える 第56話

元数学者、異世界を数字で書き換える

【ルートA】第3章・帰還編


第56話「十二桁の壁」



住所が分かった。


次は、そこへ向かう方法だ。


俺は、塔の外壁を、下から順に読み始めた。


高さ百五十メートル分の数式を、全部。


一日十メートル。十五日かかった。


首が痛くなった。



◇◇◇



エルドの証明は、驚くほど正しかった。


八百年前の記法で、当時の数学の水準で、彼は驚異的なところまで到達していた。


前世で言えば、微分積分の一歩手前まで、独力で歩いている。


その上で、彼は世界間の移動を、こう定式化していた。


――物には、位置を表す数がある。座標だ。


――同じように、世界にも、位置を表す数がある。


――ある物の座標を書き換えられるなら、同じ仕組みで、世界の位置も書き換えられるはずだ。


論理は、通っている。


そして、七十メートル地点で、彼はこう書いていた。


『されど、世界の位置を書き換えんとするとき、書き換える者もまた、その世界の内にあり。

己の立つ床を、己が持ち上げることは能わず』


俺は、そこで足を止めた。


「……そこか」


自分が立っている床を、自分で持ち上げることはできない。


これが、八百年前の彼の壁だった。


そして、俺が越えるべき壁でもあった。



◇◇◇



小屋に戻って、俺は三日間、その問題だけを考えた。


三日目の夜、レンが飯を持ってきた。


「……食えよ」


「ああ」


「三日、水しか飲んでねえだろ」


「そうか」


「そうかじゃねえ」


レンは、皿を卓に叩きつけた。


「聞いてやるから、喋れ」


「……お前に説明できる話じゃない」


「じゃあ、パンから始めろ」


俺は、顔を上げた。


一年前、俺が教科書を書くときに使った言葉だった。


「……卑怯だぞ、それ」


「教科書に書いてあった」


俺は、スープを一口飲んだ。温かかった。


そして、パンから始めた。



◇◇◇



「――ここに、紙がある」


俺は、卓の上に紙を一枚置いた。


「この紙の上に、点を打つ。この点の位置は、紙の端からの距離で表せる」


「座標だな」


「そうだ。俺は、この点を動かせる。数字を書き換えればいい」


俺は、点の隣にもう一つ点を打った。


「じゃあ、この紙そのものを動かすには」


「持ち上げりゃいい」


「そうだ。だが、俺が紙の上に描かれた点だったら?」


レンが、動きを止めた。


「……紙は、持ち上げられねえ」


「そこだ」


俺は、紙を指で叩いた。


「俺は、この世界の中にいる。世界という紙の上に描かれた点だ。点は、紙の上の自分の位置を変えられる。だが、紙そのものは動かせない」


「……じゃあ、詰みじゃねえか」


「エルドは、そう結論した。八百年かけて」


俺は、パンをちぎった。


「だが、俺は違うと思っている」


「なんでだ」


「前世で、これとまったく同じ問題を、何度も見たからだ」


俺は、パンを二つに割った。


「自分自身を含む問いは、たしかに厄介だ。だが、必ず解けないわけじゃない」


「解けることもあるのか」


「ある」


俺は言った。


「自分を、外から書けばいい」



◇◇◇



「――外から?」


「そうだ」


俺は、卓に紙を二枚並べた。


「一枚目の紙に、点がいる。この点は、紙を持ち上げられない」


「おう」


「だが――二枚目の紙に、『一枚目の紙の位置』を書いておいたら?」


レンが、目を細めた。


「……二枚目の紙の上でなら、一枚目の紙の位置は、ただの数字だな」


「そうだ」


俺は頷いた。


「一枚目の中にいる点にとって、紙は『世界』だ。持ち上げられない。だが、二枚目の紙の上では、一枚目の紙は『ただの一つの数』でしかない」


「……で、その二枚目の紙って、どこにあるんだ」


「ここにある」


俺は、卓の上の計算機を叩いた。


木の筐体に、水晶板。


「……計算機?」


「そうだ」


俺は言った。


「この装置の中で動いている計算は、俺の頭の外にある。俺の魔力で動いているが、俺の意識の中では走っていない」


「……」


「つまり、この装置にとって、俺は『外の存在』だ。逆に言えば――」


俺は、水晶板を指した。


「この装置の中でなら、俺自身を、ただの数字として書ける」


レンが、ゆっくりと息を吐いた。


「……分かった気がする」


「本当か」


「たぶん」


レンは、慎重に言った。


「お前が、自分の力で自分を持ち上げるんじゃなくて。その箱に、お前の場所を書いといて。箱に持ち上げさせるんだな」


「――完璧だ」


俺は言った。本気だった。


「お前、一年前は割り算で三日詰まってたのにな」


「うるせえ」



◇◇◇



ここで、新しい壁が現れた。


桁数だ。


世界の住所は、微細構造定数で表される。


では、何桁必要なのか。


俺は、二日かけてそれを見積もった。


結論は、残酷だった。


十二桁。


「……十二桁?」


レンが、呆れた声を出した。


「そうだ」


俺は、ノートを見せた。


「四桁目まで、この世界と俺の世界は一致している。ということは、四桁までしか指定しないと、どちらの世界も条件を満たす」


「……つまり、行き先が決まらねえのか」


「決まらない。あるいは、この世界に戻ってくる」


俺は、ペンで線を引いた。


「五桁目で、ようやく区別がつく。だが、五桁だけで指定すると、五桁目まで同じで六桁目から違う世界が、無数にある」


「そういう世界も、あるのか」


「あるはずだ」


俺は言った。


「五桁一致の世界は、たぶん、地球とほとんど見分けがつかない。日本があって、河川敷があって、ラジコンで遊ぶ子供がいる。だが――」


「だが?」


「俺の知っている人間は、いないかもしれない」


部屋が、静かになった。


「桁が足りないと、『似ているけれど違う場所』に着く。桁を増やすほど、正しい場所に近づく」


「じゃあ、何桁で足りるんだ」


「安全を見て、十二桁」


俺は言った。


「そして、俺が今、測れているのは――八桁だ」


レンが、絶句した。


「……足りねえじゃねえか」


「足りない」


俺は、頷いた。


「あと四桁。装置の精度を、一万倍にする必要がある」


「……できるのか」


「今の装置では、無理だ」


俺は、窓の外の塔を見上げた。


春分まで、あと五ヶ月と少し。


「別の測り方が要る」



(第57話へ続く)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。