表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
元数学者、異世界を数字で書き換える  作者: godrenkon
第一章 復讐編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
4/31

元数学者、異世界を数字で書き換える 第4話

元数学者、異世界を数字で書き換える


第4話「一・四パーセント」



追放の手続きそのものは、拍子抜けするほど呆気なかった。


ギルドの受付で書類に署名し、認識票の裏に刻まれたパーティー名を削り取られる。それだけだ。三年近い時間が、鑢の音三十秒で消えた。


「――あの、ライ・アーデン様」


立ち去ろうとした俺を、受付嬢が呼び止めた。手元の帳面を睨みながら、困ったような顔をしている。


「精算金の欄が、こちらの記録と合わないのです」


「合わない?」


「はい。パーティー在籍中の分配記録では、ライ様の取り分は、総額で金貨四十二枚。ですが、実際にお受け取りになっているのは……」


彼女は言い淀んだ。


「いくらだ」


「……銀貨で、六十枚ほどです」


金貨一枚は、銀貨百枚。


四千二百分の六十。


頭の中で、割り算が勝手に走った。答えが出るのに、瞬きひとつぶんもかからなかった。


一・四パーセント。


「……なるほどな」


俺は思わず笑ってしまった。笑うしかなかった。


三年だ。夜な夜な地図を引き直し、魔物の出現地点を記録し、季節ごとの遭遇率を集計して、安全なルートを組んできた。その三年で俺の手元に落ちてきたのは、稼ぎの一・四パーセントだった。


割合というのは残酷なもので、「少ない」という感覚を、逃げ場のない数字に変換してしまう。少なかった、では済まない。九十八・六パーセントを、俺は誰かに渡していた。


「あの、これは……申し立てを、されますか?」


「証拠は?」


「……分配の内訳は、パーティーリーダーの裁量ということになっておりまして」


「じゃあ、無理だな」


俺は署名を済ませ、書類を押し返した。


「教えてくれて助かった」


受付嬢は何か言いたそうな顔をしていたが、結局は小さく頭を下げただけだった。


その気遣いの理由が分かったのは、ギルドの扉をくぐろうとした時だった。



◇◇◇



「おい、あれ」


「ああ、白銀の獅子を追い出されたっていう」


「聞いたか?荷物持ちのくせに、報酬をちょろまかしてたらしいぞ」


「地図もデタラメだったって話だ。よく生きてたな」


誰かが誰かに囁いている。声を潜めているつもりなのだろうが、この程度の距離なら聞こえる。


俺は足を止めなかった。


ただ、頭の片隅で、勝手に計算が始まっていた。


――俺が追放されたのは、今日だ。


――ここにいる連中の何人が、その事実を知っている?


ざっと見て、酒場側に十数人。掲示板前に十人ほど。俺が受付にいた時間は、正味五分。


五分で、二十人以上に、具体的な内容を伴った悪評が浸透する。


無理だ。噂というのは、伝言ゲームのように内容が劣化しながら広がる。原型を保ったまま人から人へ渡るには、時間か、あるいは――同じ情報源から、複数の人間に、同時に配られる必要がある。


つまり、誰かが、追放より前に流していた。


誰が。


その答えを、俺はもう知っているような気がした。あの、目の笑っていない微笑みを。



◇◇◇



それから三日、俺は職探しに費やした。


パーティー募集所を四軒、酒場の斡旋屋を二軒、個人依頼の仲介を一軒。


結果は、全滅だった。


「悪いな、うちは間に合ってる」


「……ライ・アーデン?ああ、いや、やめとくわ」


「うちは信用商売なんでね」


七軒目の扉が閉まったところで、俺は路地の壁にもたれ、状況を数値に直した。


所持金、銀貨五十四枚。宿代が一泊銀貨二枚、食費が一日一枚として、残り十八日。


パーティー加入の見込み、限りなくゼロ。


冒険者ギルドの依頼は、ランクDの単独受注だと日当が銀貨一枚を切る。生活が回らない。


「……詰みだな」


声に出してみた。


前世なら、これは詰みだ。四十歳、無職、無所属、悪評つき。立て直すには年単位の時間がかかる。


だが。


俺は右手を開いた。


「演算展開・座標設定」


視界がわずかに歪み、体が一メートル横にずれた。壁にもたれていた背中が、何もない空間を押す形になって、俺はよろけた。


「……っと」


情けない話だが、これが、今の俺の全財産だった。


座標を一メートルずらせる。木の枝を剣にできる。それだけ。


それだけだが――前世の四十年で、俺は一つだけ確信していることがある。


手札が一枚しかない時に人がやるべきなのは、絶望することではない。その一枚が何点なのかを、正確に数えることだ。


手札の点数を数え違えている人間が、この世界には多すぎる。ダグも、セリアも、ボルドも、俺の点数を数え違えた。


なら、俺は自分の点数を、正しく数えるところから始めよう。


「よし」


俺は壁から背を離した。


まずは、この力で何ができて、何ができないのか。境界線を引く。話はそれからだ。


「――部屋に戻るか」


宿代が惜しいので、俺はその夜、夕食を抜いた。


空腹は、思考の速度をわずかに落とす。それも記録しておいた。



(第5話へ続く)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ