元数学者、異世界を数学で書き換える 第34話
元数学者、異世界を数字で書き換える
第34話「灰色の予兆」
ガイウスは、剣を杖代わりに、なんとか体を支えていた。
「……最後に、聞かせてくれ」
俺は、静かに問いかけた。
「灰色商会について、まだ話していないことがあるはずだ」
ガイウスは、しばらく沈黙した後、静かに口を開いた。
「奴らの本当の目的は、"力の統制"だ」
「力の、統制?」
「規格外の力を持つ者を、片っ端から取り込むか、排除する。国家すら、その活動範囲に含まれているという噂もある」
ガイウスは、苦しげに息を吐きながら、続けた。
「お前の力は、奴らにとって、間違いなく最重要の"監視対象"になるだろう。デルヴィンに行けば、その全容の一端が見えるはずだ」
「……なぜ、そこまで話す」
「せめてもの、罪滅ぼしだ」
ガイウスは、力なく微笑んだ。
「お前を切り捨てたことも、奴らの意向を汲んで動いていたことも――全部、俺の弱さが招いたことだ」
その言葉に、俺は静かに剣を握り直した。
「……そうか」
「一つだけ、頼みがある」
「なんだ」
「デルヴィンに行っても、決して一人で無理はするな。あの場所には、俺たち四人が束になっても敵わないような存在が、潜んでいるかもしれない」
その忠告には、確かな真剣さがあった。
「……忠告、感謝する」
俺は静かにそう言うと、剣を構えた。
「……そうか」
ガイウスは、静かに目を閉じた。
「なら、俺はここまでだ」
覚悟を決めたような、静かな表情だった。
「最後に、一つだけ、言わせてくれ」
「なんだ」
「お前は――」
ガイウスは、そこで一瞬、言葉を詰まらせた。
「お前は……知りすぎていたんだ……」
「……なに?」
予想外の言葉に、俺は思わず聞き返した。
「どういう、意味だ」
だが、ガイウスは、それ以上答えなかった。
静かに、崩れ落ちるように、その場に膝をついた。
「……ガイウス?」
俺が声をかけた時には、既に、彼の息は絶えていた。
森に、静寂が満ちた。
東の空が、完全に白んでいる。夜明けだった。
◇◇◇
俺は、しばらくの間、ガイウスの亡骸のそばに立ち尽くしていた。
「……知りすぎていた、か」
最期の言葉が、頭の中で、いつまでも反響していた。
何を、知りすぎていたというのか。俺自身にも、心当たりはなかった。
だが――その言葉の裏に、まだ明かされていない、何か大きな真実が隠されている。そんな予感が、確かにあった。
「クゥン」
足元にいたゼロが、心配そうに俺を見上げていた。
「……大丈夫だ」
俺は静かに、ゼロの頭を撫でた。
これで、四人――全員との決着が、ついた。
追放されてから、およそ三ヶ月半。あの日、役立たずと呼ばれた少年は、もう、どこにもいない。
「……終わった、のか」
静かに、そう呟いた。
だが、心の中には、達成感よりも、むしろ――より大きな謎への予感が、強く広がっていた。
灰色商会。旧鉱山都市デルヴィン。そして、ガイウスが最期に残した、意味深な言葉。
「まだ、始まったばかりなのかもしれないな」
俺は、静かに立ち上がった。
昇り始めた朝日が、森を、静かに照らし出していた。
◇◇◇
――王都から遠く離れた、旧鉱山都市デルヴィン。
その地下深くに存在する、灰色商会の本拠地。薄暗い部屋の中で、一人の男が、報告書に目を通していた。
「……ほう。四人とも、始末されたか」
男は、静かに笑みを浮かべた。
「予想以上に、面白い"駒"が出てきたようだな」
報告書には、簡潔にこう記されていた。
『対象:ライ・アーデン。異能:座標・物質・時間の演算操作。危険度:最上級。処遇について、至急ご指示を』
「……興味深い」
男は、静かに立ち上がると、窓の外――遠い王都の方角へと、視線を向けた。
「近いうちに、会うことになりそうだな」
その呟きは、誰に届くこともなく、薄暗い部屋の中に消えていった。
(第1章・復讐編、完)
(第2章・日常編へ続く)




