元数学者、異世界を数学で書き換える 第33話
元数学者、異世界を数字で書き換える
第33話「時間停止」
ガイウスの剣が、金色の輝きを帯び始めた。
「これが、俺の切り札――ギルドランクA、剣士の到達点だ」
その瞬間、ガイウスの姿が、俺の目にも追いきれないほどの速度で動いた。
「――なっ!?」
気づいた時には、既に脇腹を斬られていた。焼けるような痛みが走る。
「まだまだ、これからだ」
ガイウスの猛攻が、止まらない。俺は防戦一方になりながら、必死に頭を働かせた。
(演算加速でも、追いつかない……!)
これまでの検証で培ってきた演算展開の応用力を、すべて総動員しても、ガイウスの速度に追いつくことができない。
「演算展開・境界設定!」
咄嗟に結界を張るが、ガイウスの剣は、その結界すらも斬り裂いた。
「――ぐっ……!」
全身に、いくつもの傷が刻まれていく。このままでは、押し切られる。
(何か、まだ足りない……)
頭の中で、必死に計算を巡らせる。座標、質量、演算加速――これまで培ってきたすべての技術を組み合わせても、目の前の圧倒的な速度差を埋めることができない。
(速度の問題じゃない。時間、そのものを――)
その瞬間、頭の中で、何かが繋がった気がした。
座標をずらすことができるなら。
質量を書き換えることができるなら。
――時間という"数値"も、理論上は、操作できるはずではないか。
「演算展開――」
俺は、これまで意識したこともなかった、より深い演算に、意識を集中させた。
頭が割れるように痛む。魔力が、急速に枯渇していくのが分かる。だが、それでも――俺は、その一点に、すべての意識を注いだ。
「時間、停止――!!」
叫んだ瞬間、世界が、止まった。
いや、正確には――俺の周囲だけ、時間の流れが、極端に引き延ばされた。
ガイウスの剣が、空中で静止したように見える。彼の動き、風の流れ、すべてが、まるで静止画のようだった。
「――今、だ」
俺は、静止した世界の中で、静かに歩を進めた。
ガイウスの隙だらけの体勢。今なら、確実に一撃を叩き込める。
だが――時間は、あまりにも短かった。
(保って、一秒……)
感覚的に、そう理解できた。三十秒に一秒だけ、この世界を止められる。それ以上は、体が持たない。
俺は、剣を構え、ガイウスの心臓めがけて、渾身の一撃を放った。
◇◇◇
時間が、動き出す。
「――なっ!?」
ガイウスは、突然目の前に現れた俺の剣に、驚愕の表情を浮かべた。
だが、完全に不意を突かれたわけではなかった。長年の戦闘経験が、彼に咄嗟の回避行動を取らせる。
「くっ……!」
致命傷は避けたものの、ガイウスの胸に、深い傷が刻まれた。鮮血が、地面に飛び散る。
「……今の、は……」
ガイウスは、片膝をつきながら、信じられないといった表情で俺を見上げた。
「時間を、止めた、のか……?」
「……ああ」
俺自身、まだ半信半疑だった。だが、確かに、今の一瞬、世界は止まっていた。
「はは……とんでもない、力だな……」
ガイウスは、乾いた笑い声を漏らした。
「これが、本物の"規格外"、ってやつか」
俺は、荒い息を整えながら、静かに剣を構え直した。
頭の中は、依然として鈍い痛みが残っている。時間停止の代償は、想像以上に大きかった。
「まだ、終わっていない」
「いや」
ガイウスは、静かに剣を杖代わりにして、体を支えた。
「もう、勝敗は決まったようなものだ」
その言葉通り、深い傷を負ったガイウスの動きは、明らかに精彩を欠いていた。
俺は、静かに間合いを詰めた。
(第34話へ続く)




