元数学者、異世界を数学で書き換える 第32話
元数学者、異世界を数字で書き換える
第32話「始まりの森、再び」
夜明け前、あの森――俺が初めてブレイズファングと相対し、演算展開に目覚めた場所。
その中央に、ガイウスは既に立っていた。
「待たせたな」
「いや、時間通りだ」
俺たちは、数メートルの距離を置いて対峙した。
東の空が、わずかに白み始めている。
「単刀直入に聞きたい」
ガイウスが、静かに口を開いた。
「お前は、俺たち四人を、心の底から憎んでいるのか」
その問いに、俺は一瞬、答えを探した。
「……分からない」
正直な答えだった。
「憎んでいないと言えば嘘になる。だが、ダグにも、セリアにも、ボルドにも――それぞれの事情があった。それを知って、単純な憎しみだけでは、割り切れなくなっている自分がいる」
「……そうか」
ガイウスは、静かに頷いた。
「なら、俺の話も、少しは聞いてくれるか」
「話せ」
「俺がお前を追放したのは、恐怖からだった。それは、以前話した通りだ」
ガイウスは、静かに剣を抜いた。
「だが、それだけじゃない」
「……どういうことだ」
「灰色商会は、俺たちパーティーに、ある"任務"を与えていた」
その言葉に、俺は思わず眉をひそめた。
「任務?」
「有望な冒険者を見つけ出し、灰色商会に報告する。それが、俺たちパーティーの、表に出ない仕事の一つだった」
ガイウスの声に、苦渋が滲んだ。
「お前の力に気づいた時、俺は選択を迫られた。灰色商会に報告するか、それとも――」
「それとも?」
「お前を、パーティーから切り離し、奴らの目から遠ざけるか」
予想外の言葉に、俺は思わず息を呑んだ。
「……まさか」
「お前を追放したのは、恐怖だけが理由じゃない。奴らに報告すれば、お前は"駒"として、いずれ潰される運命だっただろう。だから、俺は――」
「守ろうとした、と言うつもりか」
俺の声に、自然と棘が混じった。
「随分と、都合のいい解釈だな」
「否定はしない」
ガイウスは、静かに目を伏せた。
「結果として、お前を深く傷つけたことに、変わりはないからな」
その言葉に、俺はしばらく沈黙した。
事実なのか、それとも今更取り繕った言い訳なのか。判断はつかなかった。だが――もし本当だとすれば、あまりにも皮肉な話だった。
「――もう、いい」
俺は静かに、剣を構えた。
「お前の真意がどうであれ、俺が受けた痛みは、消えない」
「……そうだな」
ガイウスも、静かに剣を構え直した。
「なら、始めよう」
その言葉を合図に、俺たちは同時に地を蹴った。
◇◇◇
剣戟の音が、森に響き渡った。
ガイウスの剣技は、これまで戦った三人とは、明らかに一線を画していた。
「演算展開・演算加速」
俺は即座に思考速度を上げ、ガイウスの一撃を辛くも受け流した。
「速いな」
ガイウスが、感心したように呟いた。
「だが、まだ足りない」
息をつく間もなく、次の斬撃が繰り出される。俺は座標をずらし、かわそうとした。
「――甘い」
予測していたかのように、ガイウスの剣が、俺のずれた先を正確に捉えた。
「なっ……!」
咄嗟に、演算展開・境界設定で防御する。ボルドから託された理論を応用した結界が、かろうじて致命傷を防いだ。
「読まれている、のか……」
冷や汗が滲む。ガイウスの戦闘勘は、これまでの三人とは比較にならないほど鋭かった。
「お前の力の癖は、三人との戦いを見ていれば、ある程度予測がつく」
ガイウスは、静かにそう告げた。
「座標移動、物体構築、演算加速――どれも強力だが、"発動の予兆"がある。俺は、それを見切っている」
「……なるほどな」
俺は静かに、頭の中で戦況を整理した。
これまでの戦法だけでは、ガイウスには通用しない。何か、新しい一手が必要だった。
「演算展開・物体構築、複数同時展開」
俺は、手のひらに五本の短剣を同時に生成した。ボルドとの戦いで培った、複数演算の同時処理。それを、さらに発展させた形だった。
「――五本、だと!?」
ガイウスの表情に、初めて明確な驚愕が浮かんだ。
短剣を一斉に投擲すると同時に、俺は座標設定でガイウスの背後へと回り込んだ。
「くっ……!」
ガイウスは、咄嗟に剣を振るい、短剣を叩き落とす。だが、すべてを防ぎきることはできず、一本が彼の腕を掠めた。
「――やるな」
ガイウスは、痛みを堪えながらも、不敵に笑った。
「だが、俺も、まだまだ本気を出していない」
その言葉とともに、ガイウスの剣が、これまでとは違う輝きを放ち始めた。
(第33話へ続く)




