元数学者、異世界を数学で書き換える 第31話
元数学者、異世界を数字で書き換える
第31話「前夜、もう一つの会話」
ガイウスとの決戦を翌日に控えた夜、俺は一人、静かに家の外で夜空を見上げていた。
「――こんなところにいたのか」
声をかけてきたのは、レンだった。
「眠れないのか」
「いや、少し、頭を整理していただけだ」
俺は、静かにそう答えた。
「明日、決着をつけるんだろ、最後の一人と」
「ああ」
「……勝てるのか」
レンの問いに、俺は少し考えた。
「分からない」
正直な答えだった。
「あの男は、これまでの三人の中で、間違いなく最強だ。だが――やるしかない」
「……そうか」
レンは、静かに俺の隣に腰を下ろした。
「なあ、ライ」
「なんだ」
「もし、明日、何かあったら」
「縁起でもないこと言うなよ」
俺は苦笑した。
「いや、真面目な話だ」
レンは、真剣な表情で続けた。
「もし、俺が明日、とんでもなく醜いものを見せることになったら――お前は、それでも俺に、教えてくれと言うか」
唐突な問いに、俺は一瞬、答えに詰まった。
「……どういう意味だ」
「お前が、これまで四人と決着をつけてきた方法、俺は正直、詳しくは知らねえ。だが、なんとなく、想像はつく」
レンは、静かに俺を見つめた。
「綺麗な決闘、じゃないんだろ」
その問いに、俺は静かに沈黙した。
「……ああ」
短く、そう認めた。
「復讐だ。綺麗事じゃない」
「なら、明日も、同じなんだろ」
「……ああ」
「それでも」
レンは、まっすぐに俺を見据えた。
「俺は、お前についていく。今、決めた」
「……なぜ、そこまで言い切れる」
俺の問いに、レンは少し考えた後、静かに答えた。
「分からねえ。けど、見てから決める。それが、一番フェアだろ」
「……お前、変わってるな」
「よく言われる」
レンは、静かに笑った。
「なあ、ライ」
「なんだ」
「明日、俺も、近くにいさせてくれ」
「危険だぞ」
「知ってる。でも――誰かに、見ていてほしいんじゃないのか、お前は」
その言葉に、俺は思わず、レンの顔を見た。
「……なぜ、そう思う」
「勘だよ」
レンは、静かに立ち上がった。
「じゃあな。明日、頑張れよ」
そう言い残し、レンは静かに家の中へと戻っていった。
一人残された俺は、しばらくの間、夜空を見上げ続けていた。
「……誰かに、見ていてほしかったのか、俺は」
俺は静かに、その問いを反芻した。
その答えに気づいたのは――ずっと後のことだった。
◇◇◇
夜が更け、俺は改めて、明日の戦いのシミュレーションを繰り返していた。
これまで積み重ねてきた、演算展開の検証結果。座標移動、物体構築、演算加速、境界設定。すべてを、頭の中で、精密に組み立て直す。
だが――何度シミュレートしても、勝率が、五割を超えることはなかった。
「……何かが、決定的に足りない」
俺は静かに、頭を悩ませた。
ガイウスの実力は、これまでの三人とは、明らかに一線を画している。今の俺の力だけでは、正面から打ち勝つのは、決して容易ではない。
「……何か、まだ、俺が気づいていない可能性が、あるはずだ」
静かに、そう呟きながら、俺は、演算展開のさらなる可能性について、深く思考を巡らせ始めた。
座標、質量、演算速度――それらすべてに共通する、根源的な"数字"とは、一体何なのか。
その答えに辿り着くのは、まだ、もう少し先のことだった。
(第32話へ続く)




