元数学者、異世界を数学で書き換える 第29話
元数学者、異世界を数字で書き換える
第29話「最後の一人」
三人を討った後、俺の噂は静かに、しかし確実に広がり始めていた。
「白銀の獅子」のメンバーが、立て続けに行方不明になっている――ギルド内では、その事実が不穏な空気とともに語られている。
だが、俺の関与を明確に疑う声は、まだ上がっていなかった。三件とも、証拠らしい証拠は残していない。
「――ライ」
ある日の夕暮れ、ギルドを出たところで、聞き覚えのある声に呼び止められた。
振り返ると、そこにいたのはガイウスだった。
「話が早いな。もう、三人の状況を把握しているみたいだ」
「……ああ」
ガイウスの表情は、以前会った時よりも、明らかに憔悴していた。
「単刀直入に聞く。ダグも、セリアも、ボルドも――お前がやったのか」
「答える義理はないと言っただろう」
「……そうか」
ガイウスは、静かに目を伏せた。
「もう、逃げも隠れもしない」
「……」
「俺の番だということは、分かっている」
その言葉に、俺は静かに目を細めた。
「随分と、諦めが早いな」
「諦めているわけじゃない」
ガイウスは、静かに首を振った。
「ただ、覚悟を決めているだけだ」
その目には、以前会った時のような焦りや恐れではなく――もっと違う、静かな決意のようなものが宿っていた。
「一つだけ、教えてくれ」
「なんだ」
「灰色商会の本拠地、デルヴィンの情報は、セリアから受け取ったんだろう」
「……知っていたのか」
「彼女が、そういうことをしそうな女だということくらいは、分かっている」
ガイウスは、静かに息を吐いた。
「なら、話は早い。俺と決着をつける前に、一つ、伝えておきたいことがある」
「……なんだ」
「灰色商会は、お前が思っている以上に、この国の深いところまで根を張っている」
ガイウスの声に、これまでにない緊張感が滲んだ。
「単なる裏組織じゃない。国の上層部、貴族、いや――もしかすると、王族にまで、その影響力は及んでいるかもしれない」
「……随分と、大きな話になってきたな」
「お前が、これから戦おうとしているのは、俺たち四人などとは比較にならない、巨大な相手だ」
ガイウスは、まっすぐに俺を見据えた。
「それでも、お前は前に進むつもりか」
「ああ」
俺は、迷うことなく頷いた。
「今更、止まるつもりはない」
「……そうか」
ガイウスは、しかし確かな決意を込めて頷いた。
「なら、俺との決着は、明日の夜明けにしよう。場所は――かつて、俺たちが最初に依頼を受けた、あの森だ」
「……あの森、か」
ブレイズファングと初めて相対した、あの因縁の場所。
「ちょうどいい。始まりの場所で、終わらせよう」
ガイウスは、静かにそう言い残すと、踵を返した。
「明日、必ず来い」
「言われなくても、行く」
俺の返答に、ガイウスはわずかに口元を緩めたように見えた。
◇◇◇
その夜、俺は宿の部屋で、これまでの検証記録と、演算展開のさらなる強化に向けた準備を進めていた。
【ライ・アーデン】
種族:人間
ギルドランク:B
レベル:68
HP:280/280
MP:220/220
筋力:45
敏捷:52
知力:135
──スキル──
演算展開:Lv.15
「ここまで、来たな」
追放されてから、およそ三ヶ月。あの日の役立たずと呼ばれた少年は、もう存在しない。
「明日で、四人目――最後だ」
静かに呟きながら、俺はゼロの頭を撫でた。
「クゥン」
ゼロは、まるで励ますかのように、俺の手に鼻先を擦り寄せた。
「……お前がいてくれて、良かったよ」
三人を討つ中で、俺の中に積み重なっていった、様々な感情。だが、ゼロの存在が、その重さを少しだけ和らげてくれていた。
「ガイウスは、四人の中で、一番強い」
俺は明日の戦いのシミュレーションを繰り返した。
ランクA、剣士兼リーダー。実力だけでなく、統率力、判断力、すべてにおいて、三人とは一線を画す存在だ。
「――演算展開・演算加速、演算展開・座標設定、演算展開・境界設定」
複数の技を、頭の中で同時にシミュレートする。三人との戦いで培ってきた経験と、ボルドから託された理論。それらすべてを、明日の戦いにぶつける。
「負ける気はない」
静かに、しかし確かな決意を込めて、俺はそう呟いた。
窓の外、王都の夜空に、静かに星が瞬いていた。
(第30話へ続く)




