元数学者、異世界を数学で書き換える 第28話
元数学者、異世界を数字で書き換える
第28話「ゼロの傷跡」
ガイウスとの決戦を間近に控えたある日、俺は久しぶりに、ゼロとゆっくり過ごす時間を作っていた。
王都近郊の草原で、ゼロは楽しそうに駆け回っていた。
「クゥン、クゥン!」
「元気だな、お前は」
苦笑しながら、俺はゼロの様子を眺めていた。
出会った時の、瀕死の状態が嘘のように、ゼロはすっかり元気を取り戻している。だが――完治しきっていない傷が、一つだけあった。
後ろ足の付け根に残る、不自然な形の古い傷跡。演算展開で応急処置をした際にも、完全には消えなかった痕だった。
「……その傷、気になるんだよな」
俺は、静かにゼロを呼び寄せ、その傷跡を、改めて観察した。
単純な外傷ではない。何か、拘束具のようなものによって、長期間、圧迫され続けたような跡だった。
「お前、一体、どこで、何をされてたんだ」
問いかけても、当然、答えは返ってこない。だが、ゼロは、その部分を撫でられると、微かに体を強張らせた。
「……嫌な記憶、なんだな」
静かに、そう呟く。
セリアが言っていた、灰色商会による違法な魔獣捕獲の噂。もし、ゼロが、その被害者の一人だったとしたら。
「……許せないな、それは」
静かな怒りが、胸の奥でくすぶった。
◇◇◇
帰り道、俺はふと、この世界の魔獣に関する専門知識を持つ、ギルドの職員に話を聞いてみることにした。
「シャドウフォックス、ですか」
職員は、興味深そうに答えた。
「希少種ですね。人前にはめったに姿を現しませんが……最近、妙な話を耳にしたことがあります」
「妙な話?」
「ええ。希少な魔獣を狙った、違法な捕獲業者がいる、という噂です。魔法の実験素材として、闇市場で高値がつくとか」
その言葉に、俺は静かに眉をひそめた。
「実験素材、ですか」
「詳しいことは、私も分かりません。ですが、ここ最近、希少種の目撃情報が、急激に減っているのは事実です」
職員は、静かに続けた。
「もし、あなたが保護された個体をお持ちなら、大切にしてあげてください。今や、貴重な存在ですから」
「……ええ、そうします」
俺は静かに礼を言い、ギルドを後にした。
◇◇◇
その夜、宿の部屋で、俺はゼロを膝に乗せながら、静かに考え込んでいた。
「実験素材、か」
俺はゼロの傷跡に、そっと触れた。
「灰色商会と、繋がってる可能性は、十分あるな」
デルヴィンで囁かれる、機械の駆動音。国家すら及ばないという、組織の影響力。もし、彼らが、魔獣を使った"何らかの実験"を行っているのだとしたら――その全容は、想像以上に、恐ろしいものになるかもしれない。
「クゥン……」
ゼロが、心配そうに俺を見上げた。
「大丈夫だ」
俺は静かに、ゼロの頭を撫でた。
「お前を、二度とあんな目に遭わせはしない」
その言葉に、ゼロは、まるで理解しているかのように、静かに俺の手に、頬を擦り寄せた。
「……お前がいてくれて、本当に良かったよ」
静かにそう呟きながら、俺は、ゼロの温もりを、しばらくの間、感じ続けていた。
復讐編の終わりが、少しずつ近づいている。だが、その先に待っているものは、単なる終わりではなく――もっと大きな、何かへの、始まりなのかもしれない。
「……もう少しだけ、待っててくれ」
静かにそう呟くと、俺は、ガイウスとの決着に向けて、改めて気持ちを引き締めた。
(第29話へ続く)




