元数学者、異世界を数字で書き換える 第23話
元数学者、異世界を数字で書き換える
第23話「数字で語る剣」
セリアとの決着から数日、俺は久しぶりに、レンと顔を合わせていた。
「――よう」
王都の外れの空き地で、レンが木刀を携えて待っていた。
「今日は、何の用だ」
「前に言っただろ。教えてくれって」
レンは、真剣な表情で、俺を見つめていた。
「まだ、その気は変わってないのか」
「当たり前だろ」
レンは、静かに木刀を構えた。
「セリアとかいう弓使いも、片付けたんだろ。噂で聞いたぜ」
「……耳が早いな」
「まあな」
レンは、少し肩をすくめた。
「お前が、次に何をするのか分からねえ。でも、いつかは落ち着くだろ。その時に備えて、今のうちから、教わっておきたいんだ」
その言葉に、俺は少し考えた後、静かに頷いた。
「分かった。じゃあ、少しだけ、時間を作ろう」
「本当か!」
レンの顔が、ぱっと明るくなった。
◇◇◇
「まず、聞かせてくれ。お前の剣の、基本の型を見せてくれるか」
俺の言葉に、レンは頷き、静かに構えを取った。
木刀が、鋭く空を切る。無駄のない、洗練された動きだった。
「……悪くないな」
俺は、演算展開・演算加速を軽く発動させながら、その動きを観察した。
「今の動き、剣速はどのくらいだと思う?」
「さあ。感覚でしかやってないから、分からねえ」
「そうか。なら、数字にしてみよう」
俺は、静かに頭の中で計算を始めた。
「振り出しから振り抜きまで、約0.35秒。剣先の移動距離から逆算すると、剣速は、秒速およそ12メートルだ」
「……そんなことまで、分かるのか」
レンは、目を丸くした。
「見て、計算しているだけだ。特別な能力じゃない」
「いや、それが特別なんだよ」
レンは、興奮した様子で言った。
「俺は、自分の剣がどれだけ速いかなんて、考えたこともなかった。ただ、なんとなく、速く振ろうとしてただけだ」
「なら、次は、その"なんとなく"を、崩していこう」
俺は、静かに続けた。
「もう一度、同じ動きをしてみてくれ。今度は、意識的に、剣を握る手の力を、少しだけ抜いてみろ」
「力を、抜く?」
「ああ。力んでいると、剣速の初動が、わずかに遅れる。データを見る限り、お前の場合、それが0.03秒程度のロスに繋がっている」
「たった、それだけか?」
「戦闘において、0.03秒は、決して小さくない」
俺は、静かにそう告げた。
「特に、お前くらいの実力者同士の戦いでは、その僅かな差が、勝敗を分けることもある」
「……分かった、やってみる」
レンは、素直に頷き、言われた通りに、力を抜いた構えを取った。
「――はっ!」
再び、木刀が空を切る。
「……今の、0.31秒だ。0.04秒、短縮できてる」
「マジかよ……!」
レンは、驚愕した様子で、自分の手のひらを見つめた。
「たった一つのアドバイスで、こんなに変わるのか」
「これが、数字の力だ」
俺は、静かに笑った。
「感覚は、時に、思い込みに囚われる。だが、数字は、正直だ。お前の体が、本当はどう動いているのか、正確に教えてくれる」
「……すげえ」
レンは、心底感心したように呟いた。
「なあ、ライ」
「なんだ」
「俺、本気で、お前についていきたい」
その言葉に、俺は静かに頷いた。
「今は、まだ、片付けなきゃいけないことがある。だが、それが終わったら――ちゃんと、お前を弟子として迎える」
「……約束だぞ」
「ああ、約束だ」
俺たちは、そう言葉を交わした。
◇◇◇
稽古を終え、帰路につきながら、俺は静かに、今日のことを振り返っていた。
レンという青年の、剣への純粋な情熱。そして、俺の"数字の力"に対する、真摯な興味。
「悪くない出会いだったな」
俺は静かに笑った。
復讐編という、重く、答えの出ない道を歩む中で、レンとの出会いは、俺の中に、確かな温かさを残してくれていた。
「……もう少しだ」
静かに、そう自分に言い聞かせる。
ボルド、そしてガイウス。残る二人との決着を終えたら――今日交わした約束を、必ず果たそう。
そう心に誓いながら、俺は夜道を歩き続けた。
(第24話へ続く)




