元数学者、異世界を数字で書き換える 第22話
元数学者、異世界を数字で書き換える
第22話「二人目、終わる」
森の中に、静かな緊張が満ちていた。
セリアは、弓を構えることなく、ただ静かに俺を見つめている。
「演算展開・座標設定」
俺は静かにそう告げると、彼女との距離を一瞬で詰めた。
「――ッ」
セリアは、驚いたように目を見開いた。だが、抵抗する素振りは見せなかった。
剣先が、彼女の心臓の位置で止まる。
「……最後に、一つだけ」
セリアが、静かに口を開いた。
「あなたのその力、本当にすごいと思う。もっと早く、ちゃんと見ていれば――」
言葉は、そこで途切れた。
俺は、静かに剣を引いた。
森に、短い静寂が流れる。
セリアは、糸が切れたように、その場に崩れ落ちた。
俺は、彼女のそばに膝をつき、静かにその亡骸を見下ろした。
「……見ていれば、なんだったんだ」
誰に問うでもなく、そう呟いた。答えは、返ってこない。
彼女の懐から、一通の手紙が落ちているのに気づいた。俺はそれを、静かに拾い上げた。
追放直前、パーティーリーダーへ宛てて書かれた、あの下書きだった。「あいつを外そう」という文字の下に、擦り消した跡があり、その下には、別の言葉が薄く残っていた。
『――本当に、それでいいの?』
消しきれなかった、彼女なりの迷いの跡だった。
「……そうかよ」
俺は静かに、その手紙を懐にしまった。
これで、二人目。
残るは、ボルドとガイウス、二人だけだった。
◇◇◇
その夜、俺は宿の部屋で、ゼロを膝に乗せながら、静かに物思いに耽っていた。
「……セリア、か」
ダグの時とは、また違う感情が、胸の中に渦巻いていた。
打算的で、自分本位で、それでいて、どこか脆さを抱えていた女性。彼女なりの後悔と、彼女なりの覚悟。それらを、確かに感じ取ってしまった。
「クゥン」
ゼロが、心配そうに俺の顔を見上げていた。
「大丈夫だ」
俺は静かにそう言うと、ゼロの頭を撫でた。
数字の世界に、情状酌量はない。そう、自分に言い聞かせてきたはずだった。
だが――四十年生きてきた前世の記憶が、今、確かにこの心を揺さぶっている。
復讐という道を選んだ以上、迷いは許されない。それでも、完全に心を殺しきれるほど、俺は非情にはなれないのかもしれなかった。
「……次は、ボルドだな」
俺は静かに、セリアが遺した灰色商会の情報を思い返した。
旧鉱山都市デルヴィン。その名前が、頭の中に重く響いていた。
「灰色商会、か」
単なる復讐劇では、もう終わらないのかもしれない。この先には、もっと大きな何かが、待ち構えている――そんな予感が、確かにあった。
「まずは、目の前のことから、片付けていくしかないな」
俺は静かにそう呟くと、演算展開のさらなる強化に向けて、意識を集中させ始めた。
ボルドとの決着は、そう遠くないうちに訪れるはずだった。
(第23話へ続く)




