元数学者、異世界を数字で書き換える 第21話
元数学者、異世界を数字で書き換える
第21話「セリアの真意」
「灰色商会の本拠地は、王都から北東に馬で三日ほどの場所――旧鉱山都市デルヴィンにある」
セリアは、淡々とそう告げた。
「あそこは、表向きは廃坑になった採掘の町。でも、実際は地下に大規模な施設があるらしいわ。詳細までは、私も把握しきれてないけど」
「なぜ、そこまで知っている」
「ガイウスがね、時々、資料を持ち帰ってくるのよ。うっかり見えるところに置きっぱなしにすることもある」
セリアは肩をすくめた。
「私も、正直、あの組織にはうんざりしてるの。最初は、家名を取り戻すための"手段"だと思ってた。でも、今は完全に、駒として使い潰されてるだけ」
その言葉には、確かな苦味が滲んでいた。
「……なあ、セリア」
「なに?」
「お前は、俺を格下だと、ずっと見下していたはずだ」
俺の言葉に、セリアは静かに目を伏せた。
「そうね。否定はしない」
「なのに、なぜ今、こんな情報を渡す」
セリアは、しばらく沈黙した後、静かに口を開いた。
「――怖いのよ」
「怖い?」
「あなたが、本当に恐ろしい存在になっていくのが。今のうちに、少しでも"貸し"を作っておきたいだけ」
自嘲めいた笑みを浮かべながら、セリアはそう言った。
「打算的な女だと思うでしょう。その通りよ。私は、いつだって自分の得になることしか考えてこなかった」
「……それは、本当に本音か」
俺の問いに、セリアは一瞬、言葉に詰まった。
「……分からないわ、自分でも」
その声は、初めて聞く、彼女の素の声のように感じられた。
「没落した家を立て直すために、私はずっと、数字――ステータスの数値でしか、人を判断できなくなってた。それが、正しいことだと思い込んでた」
「……」
「でも、あなたを見てると、思うのよ。数字だけじゃ、測れないものが、確かにあるんだって」
その言葉に、俺は静かに目を細めた。
皮肉なものだ、と思う。数字を絶対視していたはずの彼女が、今、数字だけでは測れないものについて語っている。
「セリア」
「なに」
「お前は、俺と戦う気はないと言ったな」
「ええ」
「なら、これからどうするつもりだ」
セリアは、静かに視線を落とした。
「灰色商会から、逃げるつもりよ。もう、あの組織の駒でいるのは、うんざりだから」
「……逃げて、どこへ行く」
「分からない。でも、どこか遠くで、静かに暮らしたい。それだけ」
その言葉に、嘘は感じられなかった。
俺は、腕の中のゼロを見つめながら、静かに考えを巡らせた。
(ダグの時とは、違う)
ダグは、正々堂々と決闘を受け入れ、覚悟を持って俺と向き合った。だが、セリアは違う。彼女は、最初から戦うつもりがない。
復讐という意味では、彼女もまた、俺を切り捨てた張本人の一人だ。その事実は、変わらない。
だが――。
「……セリア」
「なに」
「灰色商会から、本当に逃げ切れると思っているのか」
セリアは、静かに首を振った。
「正直、分からない。あの組織が本気で追ってきたら、私一人の力じゃ、どうにもならないでしょうね」
「なら」
俺は、静かに言葉を続けた。
「今この場で、決着をつけるべきだと、俺は思っている」
セリアの表情が、わずかに強張った。
「……やっぱり、殺すつもりなのね」
「お前が俺にしたことに対する、報いは受けてもらう。それは、変わらない」
静かに、しかしはっきりと、俺はそう告げた。
「だが」
「だが?」
「情報をくれたことには、感謝する。だから――苦しませはしない」
セリアは、しばらく沈黙していた。やがて、静かに目を閉じ、覚悟を決めたような表情を見せた。
「……分かったわ」
彼女は、弓を構えることもなく、ただ静かにその場に立ち尽くしていた。
「一つだけ、聞かせて」
「なんだ」
「あなたは、これから――ダグや、私みたいな人間を、これからもずっと、切り捨てていくつもりなの?」
その問いに、俺は一瞬、答えに詰まった。
「……分からない」
正直な答えだった。
「ただ、今の俺には、これしか道が見えていない」
「……そう」
セリアは、静かに微笑んだ。
「なら、仕方ないわね」
その微笑みは、以前のような皮肉めいたものではなく――どこか、諦観に満ちた、静かなものだった。
俺は、静かに演算展開に意識を集中させた。
(第22話へ続く)




