元数学者、異世界を数学で書き換える 第18話
元数学者、異世界を数字で書き換える
第18話「二人目の影」
ダグの一件は、ギルド内でも大きな話題となった。
「白銀の獅子」のメンバーが一人、行方不明。捜索願が出され、しばらくは騒然とした空気が街を包んでいた。
だが、俺の関与を疑う声は上がらなかった。採石場跡地という人気のない場所を選んだことも、証拠を一切残さなかったことも功を奏したのだろう。
「――ライ」
ある日の昼下がり、ギルドの資料室で調べ物をしていた俺に、声がかかった。振り返ると、セリアが立っていた。
「久しぶりね」
「ああ」
以前と変わらぬ、微笑みを浮かべた顔。だが、その目の奥には、以前にはなかった鋭さが宿っていた。
「ダグのこと、聞いた?」
「行方不明になったんだろう」
「ええ。……あなた、何か知らない?」
探るような視線が、俺に向けられる。
「知らないな。俺とは、もう関係のない話だ」
「そう」
セリアは、それ以上は追及しなかった。だが、その表情には、明らかな警戒の色が浮かんでいた。
「あなた、随分と強くなったのね。ランクBに、レベルも50を超えてる」
「よく調べてるな」
「気になるじゃない。私たちを追い出した後、あなたがどうなるか」
皮肉めいた口調だったが、以前のような、明確な見下しの色は感じられなかった。むしろ――どこか、怯えのようなものすら見て取れる。
「ダグは、あなたに会いに行ったはずよ。何か話したんじゃないの?」
「さあな」
「……そう」
セリアは、静かに視線を逸らした。
「私、あなたのこと、ちゃんと見てなかったのかもしれない」
予想外の言葉に、俺は少し驚いた。
「今更、何を言い出すんだ」
「別に。ただの独り言よ」
セリアはそう言うと、資料室の棚から一冊の本を取り出した。
「私も、そろそろ潮時かなって、思ってるだけ」
「潮時?」
「灰色商会よ」
その言葉に、俺は思わず眉をひそめた。
「あなたも、知ってるんでしょう。ガイウスから聞いたの?」
「……ああ」
「あの組織、思っていたより厄介なのよ。最近、私たちに対する"要求"が、露骨になってきてる」
セリアの表情に、初めて明確な不安の色が浮かんだ。
「投資対象として利用されるだけならまだいい。でも、最近は、明らかに私たちを"駒"として扱い始めてる。逆らえば、家の没落なんて比じゃない報復が待ってる」
「……随分と、詳しく話すんだな」
「別に、あなたに同情を求めてるわけじゃないわ」
セリアは静かに首を振った。
「ただ――あなたが、私たちと同じように、あの組織に狙われる可能性があるなら、忠告くらいはしておこうと思っただけ」
その言葉には、以前のような皮肉や見下しの色はなかった。むしろ、どこか純粋な忠告のようにも聞こえた。
「なぜ、俺にそんなことを?」
「さあ、なんでかしらね」
セリアは曖昧に微笑むと、本を抱えたまま踵を返した。
「ダグのこと、ちゃんと弔ってあげてね」
最後にそう言い残し、彼女は資料室を後にした。
(――知っていたのか)
彼女の言葉の端々に、確信めいたものを感じた。ダグの死を、既に悟っているのかもしれない。
それでも、彼女は俺を糾弾することはなかった。
「……何を考えているんだ、あいつは」
俺は静かに資料室を後にした。
◇◇◇
その夜、俺は宿の部屋で、セリアについての情報を整理していた。
没落した貴族の娘。家名を取り戻すため、ギルドでの評価に固執していたという、この体の記憶にある情報。
だが、今日の彼女の様子は、以前とは明らかに違っていた。
「……単純な悪役、ってわけでもなさそうだな」
俺は静かにため息をついた。
ダグの時と同じように、セリアにも複雑な事情がある。それでも――俺の中にある決意は、揺らぐことはなかった。
あの日、俺を「格下」と断定し、悪評をギルド内に流していた張本人。その事実は、変わらない。
「……次は、お前だ、セリア」
静かに呟くと、俺は演算展開のさらなる強化に向けて、意識を集中させ始めた。
◇◇◇
数日後、俺はギルドの依頼掲示板で、セリアが個人で受注した依頼を見つけた。
王都近郊の森での、単独索敵任務。彼女らしくない、パーティーを頼らない仕事だった。
「……誘っているのか?」
依頼票を見つめながら、俺はそう直感した。
セリアほどの人物が、あえて単独行動を選ぶとは考えにくい。これは、俺との接触を見越した、彼女なりのメッセージなのかもしれない。
「――上等だ」
俺は静かにその依頼票を確認すると、翌日の実行時刻を頭に刻んだ。
二人目との決着が、静かに近づいていた。
(第19話へ続く)




