元数学者、異世界を数学で書き換える 第17話
元数学者、異世界を数字で書き換える
第17話「紋章の出所」
ダグの胸当ての内側にあった、灰色の紋章。
決着から三日、俺はその図を写し取った紙を持って、王都の中央図書館にいた。
「――ありませんね」
司書は、五冊目の紋章図鑑を閉じながら、首を振った。
「王国内に登録されている家紋・商紋は、全部で千二百ほど。すべて見ましたが、これに一致するものはありません」
「登録されていない紋章というのは、どういう場合に生まれますか」
「三つ考えられます」
司書は、指を三本立てた。
「一つ、非公式の私的な集団。二つ、他国の紋章。三つ――記録から抹消された組織のものです」
「抹消?」
「国家に不都合な組織の記録は、時折、意図的に削られます。ただ、完全には消せません」
司書は、少し声を落とした。
「登録簿には、通し番号が振ってあります。抹消された紋章は、番号だけが飛ぶんです」
俺は、顔を上げた。
「――番号の欠落を、調べられますか」
「調べられますが、膨大ですよ」
「構いません」
◇◇◇
三日かけて、俺は千二百件の登録番号を、すべて書き写した。
前世で、俺はこの手の作業を厭わない人間だった。むしろ、データを自分の手で並べ直す時間が好きだった。並べているうちに、頭が勝手にパターンを探し始める。
そして、欠番が出た。
十七件。
十七件の欠番を、俺は登録年で並べ直した。
ここからが本番だ。
十七の数字を、ただ眺めても何も見えない。だが、並べ方を変えると、見えることがある。
俺は欠番の登録年を、横軸に取った。
――五十一年前に一件。
――四十九年前に一件。
――四十八年前に三件。
――四十七年前に二件。
――以降、二十年前まで、ほぼ二年に一件のペースで散発。
――そして、十九年前に、七件。
二つの山ができた。
「……五十年前と、十九年前」
独りごちる。
抹消というのは、単発では起きない。国家が記録を消すときは、たいてい何かの事件の後始末としてまとめて消す。
だとすれば、五十年前と十九年前に、この国で何かがあった。
俺は司書を呼び、その二つの年の年代記を出してもらった。
五十年前の項に、こうあった。
『王国東部にて、賢者と称される者の出現。農法および建築技術に大きな変革あり。数年後に消息を絶つ』
十九年前の項には、こうあった。
『デルヴィン鉱山、鉱脈の枯渇により閉鎖。住民の大半が離散』
俺は、しばらくその二行を見つめていた。
「……繋がってる、な」
五十年前、東部に「賢者」が現れた。
十九年前、デルヴィンが閉鎖された。
そして、その両方の時期に、紋章の記録が集中して消えている。
偶然でこうなる確率を、頭の中で概算した。十七件の欠番が、四十年の期間に一様に散らばっていると仮定した場合、特定の二年に合計八件が集中する確率は――
「……〇・一パーセントを下回るな」
偶然ではない。
◇◇◇
その足で、俺はギルドの資料室に向かった。
目的は、依頼票の束だ。過去五年分。
ここでも、やることは同じだった。数えて、並べる。
灰色の紋章が押された依頼票を、片っ端から抜き出す。全部で八十四件あった。
依頼先のパーティーは、十一組。白銀の獅子は、その一つに過ぎない。
次に、俺は王都近郊の地図を広げ、八十四件の依頼地点に印を打っていった。
打ち終わったとき、地図の上に、はっきりした形が現れた。
「……扇だ」
王都を要にして、北東方向に開いた扇形。八十四件のうち、七十一件がその中に収まっている。
さらに、依頼を年代順に色分けすると、もっと分かりやすかった。
五年前の依頼は、王都から半径十里の範囲。
三年前は、二十里。
去年は、三十五里。
扇は、年々、北東へ伸びている。
「探してるんだな、何かを」
俺は呟いた。
これは、後援ではない。捜索だ。
灰色商会は、有力な冒険者に資金を出し、北東へ、少しずつ、探索範囲を広げさせている。
そして扇の中心線を延ばした先に――旧鉱山都市デルヴィンがあり、その、さらに向こう。
地図の端では、その先は「未踏」の二文字で塗り潰されていた。
「デルヴィンは、拠点じゃない」
俺は、指で線をなぞった。
「前線基地だ」
奴らが探しているものは、デルヴィンではなく、その先にある。
◇◇◇
その夜、俺はノートに整理をまとめた。
【灰色商会・調査記録】
・紋章は未登録。おそらく国家により記録抹消
・抹消は五十年前と十九年前の二回に集中(偶然の確率〇・一%未満)
・五十年前=東部に「賢者」出現の年
・十九年前=デルヴィン閉鎖の年
・依頼分布は王都から北東への扇形。年ごとに外縁が拡大
・結論:灰色商会は北東方向を捜索している。デルヴィンは中継点
「……面白くなってきたな」
俺は、ペンを置いた。
復讐のためにデータを集め始めたはずが、いつの間にか、別のものの輪郭が浮かび上がってきている。
五十年前の「賢者」。
農法と建築に変革をもたらし、忽然と消えた男。
その男が「何をもたらしたか」ではなく、「なぜ消えたか」の方が、俺には気になった。
消える理由は、二つしかない。
死んだか、あるいは――帰ったか。
「……いや」
俺は首を振った。
まだ、データが足りない。結論を急ぐのは、数学者のやることじゃない。
セリア、ボルド、ガイウス。まだ三人残っている。
その先に何が待っていようと、順番は変えられない。
「……順番通りに、やるか」
俺はノートを閉じ、明かりを落とした。
(第18話へ続く)




