元数学者、異世界を数学で書き換える 第15話
元数学者、異世界を数字で書き換える
第15話「決戦、前夜」
ダグとの決着の場は、王都近郊にある採石場跡地に決まった。
人気のない、広々とした岩場。互いに全力を出し合っても、周囲に被害が及ばない場所。ダグの方から提案してきた場所だった。
「明日の朝、日の出とともに、な」
「分かった」
手紙にはそれだけが記されていた。
決戦を翌日に控えたその夜、俺は宿の一室で、静かに自分の力を見つめ直していた。
【ライ・アーデン】
種族:人間
ギルドランク:B
レベル:53
HP:210/210
MP:165/165
筋力:34
敏捷:41
知力:97
──スキル──
演算展開:Lv.11
「ここまで、来たな」
追放されてから、およそ二ヶ月半。あの日、ブレイズファングと死闘を演じ、辛くも生き延びた頃とは、比較にならないほどの力を手に入れていた。
だが――と、俺は考える。
ダグもまた、この二ヶ月半、遊んでいたわけではないはずだ。パーティーはAランクへと昇格し、実戦経験も着実に積んでいる。決して、油断できる相手ではない。
「演算展開・演算加速」
俺はベッドに腰掛けたまま、静かに新しい技の検証を始めた。
これまで培ってきた"数値化する力"を、思考の高速化そのものに応用する試み。頭の中の演算処理そのものを、演算展開によって書き換える。
一瞬、頭の中に鋭い痛みが走った。だが、それと同時に――視界に映るもの、聞こえる音、すべてが、ほんの一瞬だけ、引き延ばされたように感じられた。
「……これは」
まるでスローモーションの中にいるような感覚。思考の処理速度が、明らかに向上している。
「戦闘中に使えれば、大きなアドバンテージになるな」
だが、消費するリソースも相応に大きい。長時間の維持は難しいだろう。ここぞという場面で使うべき、切り札の一つになりそうだった。
「明日は、これを含めて、全力でぶつかるしかないな」
俺は静かに目を閉じ、これまでの検証結果を頭の中で総ざらいした。
座標設定、物体構築、境界設定、演算加速。それぞれの技の、利点と弱点。そして、それらをどう組み合わせれば、最大の効果を発揮できるか。
前世で数々の証明問題に挑んできた時と同じ集中力で、俺は明日の戦いのシミュレーションを繰り返した。
◇◇◇
一方その頃、ダグもまた、明日の決戦に備えていた。
王都の外れにある鍛冶屋で、彼は自分の愛剣の手入れをしていた。
「なあ、親父。この剣、まだいけるか」
「ああ、まだまだ現役だ。だが、随分と使い込んだな」
鍛冶屋の店主が、剣を確認しながら答えた。
「明日、大事な戦いがあるんだよ」
「そうか。誰が相手だ」
「……昔の、仲間だ」
ダグは静かに答えると、剣を受け取り、鞘に収めた。
「あいつ、とんでもなく強くなってやがる。正直、俺一人でどこまで通用するか、分からねえ」
「なら、逃げりゃいいだろう」
「いや」
ダグは首を振った。
「あの日、俺は、あいつのことをちゃんと見てなかった。強さって言葉の意味を、俺は勘違いしてたのかもしれねえ」
「……ほう」
「だから、ちゃんと向き合いてえんだ。今度は、正々堂々とな」
店主は、少し驚いたような顔をした後、小さく笑った。
「良い顔をするようになったな、坊主」
「うるせえよ」
ダグは照れくさそうに顔を背けると、剣を腰に差し、鍛冶屋を後にした。
◇◇◇
夜が更け、王都の街が静寂に包まれる頃。
俺は宿の窓から、夜空を見上げていた。
前世で見た星空とは、微妙に違う配置。だが、こうして星を見上げていると、不思議と心が落ち着く。
「……明日、か」
静かに呟く。
ダグとの決着は、単なる復讐の第一歩に過ぎない。だが、それでも――この一戦に懸ける思いは、決して軽いものではなかった。
認められたかった。仲間として、対等に見てほしかった。その願いを踏みにじられた痛みは、今も俺の中に確かに残っている。
「……見せてやるさ。数字の力を」
俺は静かに拳を握りしめ、窓を閉めた。
明日、日が昇るとともに――決着の時が訪れる。
(第16話へ続く)




