元数学者、異世界を数学で書き換える 第14話
元数学者、異世界を数字で書き換える
第14話「ダグの選択」
ガイウスとの対面から数日後、俺はダグから再び接触を受けた。
「ライ、話がある」
ギルドの前で待ち構えていたダグの表情は、以前にも増して真剣なものだった。
「なんだ」
「ガイウスと会ったんだろ」
「ああ」
「奴から、何を聞いた」
俺は少し迷ったが、隠す必要もないと判断し、事実を伝えることにした。
「灰色商会の話だ。俺が奴らに目をつけられる可能性がある、とな」
ダグの顔が、わずかに強張った。
「……そうか。やっぱり、そうなるよな」
「知ってたのか」
「薄々な。でも、ここまで詳しく聞いたのは、俺も初めてだ」
ダグは深く息を吐くと、俺の目をまっすぐ見た。
「なあ、ライ。単刀直入に聞くぞ。お前、俺たちのこと、恨んでるか」
予想外の直球な問いに、俺は一瞬、答えに詰まった。
「……恨んでない、と言えば嘘になるな」
「だよな」
「だが、それだけじゃない。俺は、お前たちに――特に、お前とガイウスに、決着をつけるつもりでいる」
俺の言葉に、ダグは驚いたような顔をした。
「決着って、まさか……」
「言葉のままだ。俺を切り捨てた代償を、払ってもらう」
静かに、しかしはっきりとそう告げた。
ダグは、しばらく沈黙していた。やがて、覚悟を決めたような表情で口を開いた。
「……分かった。なら、正々堂々、受けて立つ」
「いいのか」
「あの日、お前を追い出したのは、俺たちの総意だ。今更、逃げも隠れもしねえよ」
ダグの目には、確かな覚悟が宿っていた。
「ただ――一つだけ、言わせてくれ」
「なんだ」
「お前のルート表、本当に助かってた。それだけは、忘れないでくれ」
その言葉を最後に、ダグは踵を返し、去っていった。
◇◇◇
それから数日、俺はダグとの決着に向けて、静かに準備を進めていた。
演算展開のスキルレベルはLv.11まで上昇し、複数の演算を同時に処理する感覚も、少しずつ掴めてきている。
「演算展開・座標設定、演算展開・物体構築――同時発動」
検証用の広場で、俺は二つの演算を同時に走らせる実験を繰り返していた。
頭の中で、複数の"数式"を並行して処理する感覚は、まるで複雑な連立方程式を解いているようだった。負荷は大きいが、確実に扱えるようになってきている。
「これなら、いける」
一人頷きながら、俺は次の演算に取り掛かった。
その時、ふと、視界の端に人影が見えた。
「……また、お前か」
木刀を携えた青年――以前、路地裏で見かけたあの人物が、少し離れた場所からこちらを観察していた。
「見てて、面白いか」
俺がそう声をかけると、青年は少し驚いたような表情を見せた後、ゆっくりと近づいてきた。
「……悪い。つい、見入っちまった」
「珍しいものでもないだろう」
「いや、珍しいさ」
青年は真剣な表情で言った。
「お前の動き、見てると、なんか……理屈が通ってる気がするんだ。俺の剣は、全部感覚でやってる。なんで勝てるのか、自分でもよく分かってねえ」
その言葉に、俺は少し興味を引かれた。
「お前、名前は」
「レン。レン・ヴォルクハートだ」
「そうか。俺はライだ」
「知ってるよ。最近、噂になってる」
レンは静かにそう言うと、俺の手元――今も浮かんだままの演算式らしき淡い光を見つめた。
「なあ、その力、どういう理屈で動いてるんだ」
「簡単に言えば、"数字"を操ってる。物の性質も、位置も、この世界のあらゆるものは、突き詰めれば数値で表現できる。それを、書き換えているんだ」
「……数字、ねえ」
レンは、しばらく黙り込んでいた。
「俺の剣も、そうやって説明できるもんなのか」
「理論上は、な。お前の剣の軌道、力の伝わり方、間合いの取り方――全部、数値化できるはずだ」
「……マジかよ」
レンの目に、初めて明確な興奮の色が浮かんだ。
「なあ、ライ。もし、もしもだ。俺がお前に頭を下げたら――教えてくれるか、その考え方」
唐突な申し出に、俺は少し面食らった。
「今すぐには、無理だな。俺には、片付けなきゃいけないことがある」
「……そうか」
レンは少し残念そうな表情を見せたが、無理には食い下がらなかった。
「なら、待つ。お前が落ち着いたら、また来る」
「勝手にしろ」
俺がそう言うと、レンは小さく笑い、その場を後にした。
(妙な奴だな)
だが、彼の眼差しには、不思議と嫌悪感を抱かせないものがあった。
俺は再び、演算展開の検証へと意識を戻した。
ダグとの決着まで、あと少し。
(準備を整えろ。数字は、決して嘘をつかない)
自分自身にそう言い聞かせながら、俺は静かに拳を握りしめた。
(第15話へ続く)




