第一章「少年は、涙の下で。少女は、志の下で。」8話
「おっ、起きたか、美夢」
「⋯⋯おはよう、ございます。凪様」
翌日の朝。
いつも通り、朝の日課を行った後の俺は、朝食の準備をしていた。
そこに、まだ馴れない顔の少女が、寝惚け眼をこすりながら姿を現す。
「さっさと着替えてこい――と言いたいところだが、服、買いに行かないとな」
「⋯⋯申し訳、ございません」
「いや、別に構わない。本部の責任だ。あとで、愚痴を言っておくさ」
それはどうでもいいのだが、と前置きから続ける。
「明後日まで、俺は日中外出している。夜は、任務になるだろう。よって、買いに行く時間は、夕方の少しの間しかない」
それも、任務開始時間が日没後すぐなので、日が沈むまでには帰っていないといけない。
「お前1人で買いに行っても、なんかあった時に困る。結構な量、衣服が必要だろうからな。持ち運びだって面倒だろう」
「⋯⋯ですが、凪様の手を煩わせるわけには」
「別にいい。俺だって、そろそろ服を買っときたいからな。護衛も同行するなら、問題ないだろ?」
そこまで誤魔化す必要もないのだが、余計なものに金を使われても面倒なので、俺自身のことを持ち出して押し切る。
「⋯⋯でしたら」
「早いほうが良いよな?今日でも買いに行くか?」
「⋯⋯今日、ですか?いくら何でも、早すぎませんか?凪様には、ご予定が――」
「いや、そんなものはない」
「⋯⋯えっと?」
「学友とかがいると思ったら、大間違いだ。俺は、任務のためにここにいる。必要最低限しか、コンタクトは取らない」
情報通の人間が1人いるだけで、十分なのだから。
「⋯⋯わざわざ、ありがとうございます。でしたら、待ち合わせは――」
「学校の前――って言いたいところだが、注目浴びたくないしなー。商店街の入口でどうだ?」
「では、現地で落ち合えば宜しいのですか?」
「ああ、頼む」
いつの間にか、食事も終えていたらしい。
普段なら気付かないはずがないが、やはり、まだこの少女を警戒しているのかも知れない。
そう思いながら、送迎の声とともに、家を出た。
「おっ、凪、一緒に帰ろうぜ!」
「すまん、用事がある」
放課後。
いつもは、あまり誘わなってこない、成り行きで一緒に帰ることが多い梶木が、珍しく帰りを誘ってきた。
しかし、当然断る。
多分、予定がなくても断っていただろうが。
「そう硬いこと言わずにさー。お前、俺以外に友達いないだろ?」
「友達じゃない」
「じゃあ、家の用事か?でもお前、一人暮らしだって――あ、ちょい、待てよ!」
話が長くなりそうだったので、そのまま帰宅へと足を進ませた。
「怒らせたなら謝るからさー」
「別に怒ってない。用事がある。それだけだ」
「じゃあ、何の用事だよ?」
「教えない」
「じゃあ、当ててやろうか」
「勝手にしろ」
中身のない会話をしつつ、歩みを進める。
「そうだなー、凪だろー?凪だったら――」
美夢が待っているとは言え、所詮、昨日会ったばかりの人間だ。対して急ぐ必要もないのだが――
「女絡みだな?」
「っ」
変なところで勘がいい。
意識を取られていたとはいえ、思わずなにもない地面に躓いてしまった。
人間、動揺するとありえない行動を起こすのだ。
「お前がコケるなんて、珍しいなー」
「コケてないだろ」
ツッコみつつ、気配を探らせる。
正面、300m先に、知人の気配。こちらに向かっていることから考えると、朝奈と名乗る少女で間違いなだろう。
そして、もう1つ。
場所は分からない。
ただ、見られている。
俺が歩けば、その影を追いかけるようにして、視線が動く。
少し前からではない。
今日、家から出た瞬間から、ずっと感じていた“違和感”。
「じゃあ、俺はここで」
「ん?お前の家って――」
朝奈と合流する前に、道を曲がる。
不思議そうな顔をする梶木の姿が見えなくなったところで、俺は体勢を落とした。
だが、回避行動を取るわけではない。
そのまま、前に飛び出す。
地を滑るように、ストライドを広くして、一気にその場を離れる。
視線は、途切れない。
ただ、俺を一点に見つめる。
それでも、俺に攻撃しない。
恐らくだが、俺が何者か分かっての狼藉だ。
当然、赦されるものではない。
ただ、今は無害なので、特にアクションを起こすこともなかった。




