第一章「少年は、涙の下で。少女は、志の下で。」7話
「はい、どちら様――」
ノックが聞こえ、扉を開けると、一人の少女が佇んでいた。
「柊凪様」
「えっと⋯⋯?」
当然、知らない他人である。
どこで俺のことを知ったのか、そう尋ねようとした時と、ほぼ同時だった。
「これより、護衛の任に当たらせて頂きます」
「⋯⋯⋯」
彼女が、例の人物だったらしい。
「とりあえず、入って」
「はい、お言葉に甘えさせて頂きます」
戸口で話せば、誰に聞かれるか分かったもんじゃない。
彼女をリビングまで案内し、椅子に座るように促す。
しかし、彼女は壁際に立ったままだった。
「座らないのか?」
「何があるか、分かりませんので」
仕事仲間だと思っていたのだが、どうやら従者と呼んだほうが近いかも知れない。
「なら、本題に戻ろう」
「私が当主より承った任務は、柊凪様の護衛。余裕があれば、貴方様の任務に助力せよ、とのことでした」
「なら、頼まれたのは、俺の護衛だけってことか?」
「はい、左様でございます」
どうやら、俺の昨日の反応から、色々と妥協してくれたらしい。
今更言うのも何だが、結構迷惑をかけているのかも知れない。
「所属は?」
今彼女が来ているのは、普段着なのだろう。紺色のワンピースが、その白磁の肌にマッチしている。
任務の際に着ている制服ではないので、一目で所属と階級を言い当てることが出来なかった。
「第六番隊隠密部隊、隊長〈景牢〉の直属の部下、〈悠幻〉と申します」
「第六番隊?」
〈SDK〉には、13つの部隊があるとされている。〈武天鷺〉を入れれば14なのだが、正式には13だ。
その各部隊で、それぞれの担当場所と、任務内容が決められており、月ごとにその内容は変えられる。
第六番隊に与えられるのは、政府や暴徒のストッパー、謂わば調停者としての役割だ。
そして、その隠密部隊ということは、影打ちや暗殺、工作などの任を担うことが多い。
そして、その内容からついた異名は――
「――〈黒幕〉」
「⋯⋯えっと?」
「いや、こっちの話だ」
裏から国を動かす。そのため、この呼び方が定着していた。
「階級は?」
「先月、少尉に昇進致しました」
「⋯⋯おめでとう」
俺自身は、少し前から、〈武天鷺〉の副隊長なので、階級は大尉。俺のほうが、2つ上官となる。
「で、住居は⋯⋯?」
「ここに住まわせていただけるよう、許可取りをしに来た次第です」
何となく、そんな気がしていた。
元より、一人暮らしにしては広い家だとは思っていたのだ。
「なら、空いている部屋を使え」
そして、ただしと続ける。
「俺の部屋には、極力入るな。入る場合、俺が中にいれば、ノックをしろ。俺が許可を出したら、入ってくれ」
「⋯⋯理由を伺いしても?」
「別に、変なことじゃないさ。色々と作業しているから、集中力が散ってしまうかも知れないだろ?」
「⋯⋯了解致しました。それで、食事は――」
「面倒だ、作りたいなら作っていいし、作りたくなければ、俺が作る。別に、家事が出来ない訳ではないからな。とは言え、役割分担ぐらいはしとくか」
元々、何年も一人暮らしをしてきた。
1人でやることが当たり前だったので、必要最低限のことは結構出来る、つもりだ。
「なら、料理と洗濯、掃除はお任せ下さい」
「理由は?」
「料理は、毒見なども担うことが出来ます。洗濯と掃除は、凪様の時間を浪費していただかないよう、雑用として」
利にはかなってる。
ただ、1つ問題が残った。
「俺は何をするんだ?」
「⋯⋯えっと?」
「いや、俺の仕事はないのかなぁーって、話」
「⋯⋯必要でしたでしょうか?」
「いや、当たり前だろ。ダメ人間になる。あと、何か残ってないかなー⋯⋯あ、買い出しとか――」
「お任せ下さい」
奪われてしまった。
「理由は?」
「私の任務は、凪様の護衛。凪様が外出すれば、狙われるリスクが増えます。ですから――」
「なら、尚更、あんたは俺の近くにいないと、な?」
「っ!」
一本取った、である。
護衛と言うからには、傍に控えている状況が好ましい。
俺を1人家においていては、何かあった時に対処できない可能性が高いのだ。
「なら、買い出しは2人で行くとして⋯⋯料理、朝飯ぐらいなら、俺が作るぞ?」
「そんな!凪様の貴重な時間を使わせるわけには――」
この少女、仕事熱心なことで。
「毎日やってきたんだ、大したことじゃない」
別に、嘘ではない。
毎日やっていた時間がなくなるだけで、猶予が減るわけではないのだから。
「そう言えば、あんた、学校は?」
見た感じ、小学校卒業してすぐ、みたいな印象なのだが⋯⋯。
「今年で、本当なら中学3年生になります。まあ、学校には行っていないのですが」
〈SDK〉のメンバーの殆どが、過去に事件に巻き込まれ、殺される運命にあったか、死ぬ運命にあった人間だ。時には、死体の偽装もする。
そのため、世間からは、既に存在しないもの、という風に認識されているのがほとんどだ。
勿論、戸籍も、口座もない。
〈SDK〉から、外の世界に戻ることは出来ない。生きていくことは、出来ない。
ただ、例外もある。
俺のように、学園に入学できるよう、戸籍などを作ることが出来るのだ。
当然違法だが、そうでもしなければ、社会復帰は難しいだろう。
「すまない、嫌な思いをさせたな」
「滅相もございません」
メンバーの3割が、未成年。
その中には、家族や大切な人を失った者が、数多くいる。
高校生ならまだしも、それより幼い頃は、相当なショックだったに違いない。
彼女も、その口だと、確信した。
「なら、留守番は任せようかな」
「それでは、外出中の護衛は⋯⋯?」
「不要だ。外に出る時には、万全の準備を整えている。どんな相手だろうと、傷1つ受けることはない」
「⋯⋯了解、しました」
話が一段落して、時計を見る。
既に、深夜に回ろうかという時間。
そろそろ、寝たほうが良いだろう。
「すまない、明日までには、ベッドを用意しておく。今日は、俺の部屋のベッドを使ってくれ」
「⋯⋯えっと?では、凪様は――」
「ソファーで寝る」
「ダメです!」
「ダメじゃない」
「ダメです!」
「ダメじゃない」
「ダメです!!!」
中々に強情な子だ。
「なら、ベッドの下に、敷布団を寝て、そこに俺が寝る。これなら、護衛的な観点でも大丈夫だ」
「チェンジで」
「いや、女子を下で寝かせるとか、男として許しちゃいけないだろ?これは、俺のわがままだ、分かってくれ」
「⋯⋯そういうことでしたら⋯⋯⋯」
なんとか、阻止できた。
「そう言えば、なんて呼べば良い?名前、まだ聞いてなかっただろ?」
「名前、ですか?」
少し考えるような仕草をした後、彼女は口を開いた。
「美夢。そう呼んで下さい。氏はありません。ただの、美夢です」
それが、この奇妙な少女との日常の始まりだった。




