第一章「少年は、涙の下で。少女は、志の下で。」9話
商店街。
この街の中では、比較的治安が良いと思われる場所。
それでも、やはり、直感は当たった。
「彼氏でもない人間なんて放っておいて、俺達と、楽しいこと、しようぜ?」
「えっと⋯⋯」
「ほら、悩むってことは、そこまで大切な人じゃないんだろ?なら――」
昨日も思ったが、美夢は顔がいい。
学校にいれば、大人しい性格と相まって、男人気は高かったはずだ。最も、女子に敵はいることになるだろうが。
そんな人間が、商店街の前に立っていたら、当然ナンパされる。
分かりきっていた。
ただ、そこまで頭が回らなかった。
止めようと、一歩足を踏み出した、その瞬間。
ナンパしていた男と、美夢の間に、1人の少女が仁王立ちをしていた。
「あんた、その年齢でナンパなんて、恥ずかしくないの?」
「あ?何だお前?」
「お、もしや、一緒に遊びたいってか?勿論、俺達は歓迎――」
「――おたくら、俺の妹に何か用か?」
聞き覚えがあるような、どこか苛立ちを含んだ声。
その声の主は、制服ではなく、見覚えのない私服を着ており、外出途中だったことが伺えた。
「だ、誰だ――」
「俺の妹に手ぇ出したら、覚悟しとけよ?」
「っ!?」
突如溢れ出した、禍々しい殺気。
純粋ではなく、どこか悲しみを帯びた、怒りの破片。
「チッ」
恐らく、これが初めてではない。
こんな場面に、幾度となく遭遇してきた、そんな気がした。
「あ、ありがとう、ございます⋯⋯」
「別にいいよっ!貴方が無事なら!」
「だそうだ。ってわけで、さっさと行くぞ」
「あ、ちょっと――」
「あ、あの!」
そのまま物陰から見ていると、美夢が彼らに話しかけていた。
「お名前は⋯⋯」
「うーん⋯⋯名乗るほどでもない、かな!」
「お前なぁ⋯⋯」
「えっと⋯⋯?」
そして、雲行きが怪しくなってきた。
「というわけで、私達はこれで――」
「⋯⋯凪様?」
「はい?」
どうやら、美夢が俺の存在を視認したらしい。いや、元から気付いていたが、どこで呼ぼうか考えていた、という感じか。
「お待ちしておりました、凪様」
こちらに歩み寄り、丁寧にお辞儀をする彼女の背後。
そこにいたのは、予想通り、梶木と朝奈だった。
「ああ、すまない、待たせたか?」
「いいえ、大丈夫です」
予定より少し遅れてしまっている。色々あったからしょうがないとも言えるが、それはそれでどうなんだとは思った。
「柊さん!お久しぶりです!」
「凪⋯⋯お前、今日の予定って、やっぱりデートだったのか?」
「で、で、デート!?」
どこまでも、リアクションが大きいことで。
「何言ってんだ、お前ら」
「じゃあ、そこの女の子は誰なんだよ。説明してくれるよな?」
「いや、なんで尋問」
「良いから答えろ」
どこか、ジト目で睨んでくる梶木を尻目に、どう説明したものか、と頭を悩ませる。
非合法組織の後輩で、今は俺の護衛なんだー、って言っても、頭おかしいと思われるに決まっている。
ここで存在がバレたからには、どうにかして一時的ではない関係を作らなければならない。
となれば。
「はぁ⋯⋯紹介する、妹だ。義理の、だけどな」
「妹?お前、一人暮らしだっただろうが」
「俺の両親、正確には父親だが、再婚していたらしくてな。そこで生まれたのが、妹だ。年も、1個しか離れてない。昨日、こっちに越してきた。」
「⋯⋯なるほどな」
「じゃあじゃあ!柊さんの妹さんなら、仲良くしたいです!年も私と変わらないですし!」
「話が読めない」
「名前、何ていうんですか?」
「俺に聞くな、直接聞け」
この2人、ダル絡みが得意なのだろうか?
どことなく面倒臭くなり、美夢にパスを投げる。
「美夢と申します。お二方、どうぞ、お見知り置きを」
「美夢ちゃんかぁー。うん、いい名前だね!」
「⋯⋯義理の妹ってことは、苗字は柊なのか?柊美夢?」
「私に、苗――」
「柊じゃなくて、平城って言うんだ。平城美夢。」
柊だから、平城。我ながら、安直である。とはいえ、読み方も似せるわけには行かないので、平城にさせてもらった。
「(⋯⋯凪様?)」
「(適当に、話を合わせてくれ。バレたらまずい)」
「(⋯⋯了解、しました)」
「なーに話してんのー?」
「⋯⋯何でもない」
それより、大切なことを忘れている気がする。
「先程は、美夢を助けていただいて、感謝する。それでは、これで」
「えー、もう行っちゃうの!?」
「戯れに来たわけではない。買い物に来ただけだ」
「買い物?」
「衣料品を⋯⋯あ、いや、忘れてくれ」
「服買いに来たってこと?じゃあじゃあ!」
思わず口が滑ってしまう。
その隙を見逃すわけもなく、朝奈は追撃を仕掛けてきた。
「美夢ちゃんの服買うんでしょ?なら、私が一緒に居た方が、効率がいいと思うの!」
「⋯⋯残念だが――」
「凪、そんな事言わずに、一緒に回ろうぜ?ここで会ったのも、何かの縁だ」
このままでは、埒が明かないだろう。
別に、断る理由もない。
ボロが出る可能性もあるが、今ここで乗り切らなければ、いつか起こってしまうだろう。
ならば、練習にもちょうどいい。
俺は、少しためらいながらも、承諾した。




