第三章「まどろみは解けて、また交わって」4話
「手を上げろ!」
突然のことで、頭が追いつかない。
状況を整理しよう。
ポータルを潜り抜けた先に待っていたのは、黒いスーツを着た戦闘員18人の姿。
その手には対“ノヴァ”用の自動突撃銃。
全ての照準が、絢愛先輩ではなく、俺に向いているのは、俺が部外者だからだろう。
普段なら、全て振り払い、制圧することは容易だ。
だが今は、碌な武装もなければ、能力を全開にして使うこともままならない。
恐らく、詰みだ。
「手を上げろと言っている!」
何か切り抜ける方法はないかと探っていた所、音と同時に頬を何かが掠めた。
薄く切れた傷口を、指で拭う。
生暖かい液体がついたのを確認した直後、俺は両手を上げていた。
もちろん、攻撃の予備動作ではない。攻撃の意思がないことを示す、降伏のサインだ。
「捕縛せよ」
「⋯⋯⋯ちょっと待って」
俺の周りに戦闘員が群がってきたかと思えば、先程まで黙りこくっていた絢愛先輩が、それを制する。
「部隊長!?侵入者ですよ、こいつは!」
「⋯⋯私が、呼んだ」
部隊長という言葉を、俺の耳は聞き逃しはしなかった。
「それはとんだ御無礼を!」
どうやらここは、絢愛先輩が所属する部隊らしい。所属すると言うより、部隊長であるのなら、指揮すると言った方が正確か。
「貴様ら、離れろ」
鶴の一声とは、まさにこのことだろう。
周囲で睨みを聞かせてきていた部隊員らしい人間が、その指示で俺から離れていく。
「⋯⋯通して」
そうして開かれた道を、絢愛先輩の後からゆっくりと歩いていった。
「すみません、遅れました!」
「別れを惜しむ時間を待つのを、遅いとは感じないさ」
日高様が到着なされた。
凪様の護衛対象という事しか知らなかったので、これが初対面、ということになる。
お嬢様、という言葉が似合う、というより、具現化したような容姿。
清楚でお淑やか、物腰も柔らかく、謙虚な立ち振る舞い。
同性ながら、これほど魅力を持った女性を、素直に美しいと感じでしまう。
「では、紹介しよう」
言われていた通り、秋宮冥が私達に向き直る。
「ご紹介預かりました、日高雫様。お初にお目にかかります、平城美夢と申します。お見知りおきを」
「僕は、鈴川皐月と言います。はじめまして」
「⋯⋯その義姉の、香菜です。日高様、よろしくお願いします」
「は、はじめまして、日高雫、と申します。どうぞ、よろしくお願いします⋯⋯平城さんに、皐月さん、香菜さん」
堅い挨拶を済ませる私達に、どこか緊張した面持ちで自己紹介を返す日高様。
人見知りと言った感じに見えるが、実際は記憶にリソースを割いて、会話への意識が散漫になっているだけだろう。
「雫くん、彼女が、柊凪の妹だ」
その言葉に私の思考は凍りつく。
敢えて、身柄を明かさないように名乗ったつもりだった。凪様が絡めば、護衛をしていることを悟られる可能性も高くなってしまう。だからこそ、秋宮冥の想定外の言葉に、私は戦慄した。
「え、凪さんの⋯⋯?」
「日高雫様は、兄をご存知なのですか?」
しかし、日高雫様が予想と違う反応を示したことで、私は無意識のうちに食いついていた。
「はい!凪さんは、私の救世主ですので!」
「そ、そうですか⋯⋯?」
だが、あまりの勢いに後退を余儀なくされた。
「平城さん!私のことは是非、雫、とお呼び下さい!」
「え、えっと⋯⋯」
「敬語じゃなくて構いません!凪さんの妹さんであれば、どんなことをして頂いても構いませんので!」
この人は、アレだ。
狂信者だ。
「⋯⋯私の口調は、クセのようなものですので。お気になさらず」
「ですが⋯⋯せめて、雫とお呼び下さい!」
「⋯⋯⋯分かりました、雫様」
「あぁ!ありがとうございます、美夢ちゃん!」
やはり、お淑やかという印象は違ったのかもしれない。
そんな溜め息を心の中で吐きながら、皐月様達へと助けを求める。
だが、返ってきたのは、どこか困ったような笑みだけだった。




