第三章「まどろみは解けて、また交わって」5話
「ねえ」
「あ?」
「邪魔」
振り向いた筋肉の鎧の大男が、一瞬で崩れ落ちる。
その脇腹に浅く突き刺さったエストックを引き抜き、足元へ血を払った。
「フリューゲル、後始末はよろしく」
「了解です、師匠」
後ろにいるであろう部下に指示を出しつつ、私はその先の道へと進む。
「⋯⋯思ったより、人が少ない」
重要な拠点なら、もっと見張りが多いと思っていた。
だが、今まで遭遇した人間は、10人ポッチ。“ノヴァ”で探っても、あと4人ほどしかいない。
1対1なら負けることはないだろうが、連携されると私の今の能力では分が悪い。かと言って、何かしらの能力を即座に使わなければ、増援を呼ばれるのが目に見えている。
ならば、スニークするに越したことはない。
「やっぱ、便利だねー、この能力」
厳重にロックされた扉に無音で穴を開け、力付くでこじ開ける。
「ま、さっさとやっちゃおっか」
お目当ての資料を見つけるために、書類の束をざっくりと見比べる。
5年前⋯⋯10年前⋯⋯19年前⋯⋯24年前⋯⋯
少し経った後、ようやく最古の記録を掘り当て、ホッと溜め息を付いた。
しかし、背後に気配を感じ、慌てて振り返ろうとするが、一瞬で正体が分かった瞬間、私はどこかがっかりしたように頭を振った。
「⋯⋯ヴィラス、何の用?」
「我が主より、伝言が」
「伝言?ヴァルターから?」
「そう言いました」
「⋯⋯ふむ、アレ絡みかな?で、伝言は?」
「2日以内に、ラーミリアに向かえ、と」
「ラーミリアに?」
これはまた、意味不明な伝言だ。
このまま、ドラファニアで計画を進めろって言うならまだ分かるが、わざわざ取るに足らない隣国へ行くなど、さっぱり理解できなかった。しかも、時間制限付きだ。尚更分からない。
「フリューゲル様には、別行動をお願いしております。護衛が必要であれば、私がやらせていただきますが――」
「結構」
「⋯⋯では、今回の件は」
「乗り気じゃないけどね⋯⋯あー、面倒だなー」
わざとらしく伸びをした後、目の前の女に向き直る。
「ヴァルターに伝えといて。日にち以内に私の下で、直接理由を話して、ってね」
「⋯⋯承りました」
「そんじゃ、そこんとこよろしく〜」
「あ、あの」
「んー?」
来た道を引き返そうとしたところで、呼び止められた。
「⋯⋯いえ、忘れて――」
「あのさー、ハッキリしてよね?」
いつもなら、ここで踏み込むことはしない。私であるなら、去る者追わずのスタンスを徹底するはずだ。だからこそ、今の私は私でいられる。
「アンタがどれだけ主を愛してるとしても、私は関係ないしー?そこまで不安がるなら、力付くにでも私を遠ざければいいじゃん」
「そ、れは⋯⋯」
「私に勝てないって思うなら、そんなことしてる暇ないんじゃない?牽制したって、無駄だよ、私には」
「⋯⋯どうして来たの?」
「キミの傍にいるのに、理由が必要かい?」
「⋯⋯きも」
「そんな事言わないでさー」
「⋯⋯少し黙ってて」
痛みが分からないものは、痛みを知った気になれる。
その痛みの深さや強度を知らずとも、痛いという言葉だけはみんなに平等だから。
「⋯⋯何の用?」
「だから、キミに会いに来た――」
「御託はいい。さっさと言って」
「⋯⋯はぁあ」
ただ、痛みを知ろうとしてくれる人はいた。今の私にはいないとしても。
「ヴァルターからの伝言」
「⋯⋯⋯ヴァルターから?」
何だろうか?
組織内には多くの人間がいると言うのに、幹部の私に託すと言うなら、それは余程大きな仕事なのだろう。
少し前に指示を出さればかりなのに、もう次の仕事というのは彼らしくない。
それほどまでに追い詰められた状況なのか、それとも――
「明日までに、どこかの拠点を落とせ、だってさ」
「⋯⋯拠点?それに、どこかって⋯⋯」
これまた彼らしくない言葉選びに、私の理解は追いつかなかった。
「一言一句言われた通りに伝えたと思うんだが⋯⋯何か問題が?」
「⋯⋯いや、問題は特にはない。私一人の方が良い?」
「それはキミに任せるけど⋯⋯この指示の内容的には、単騎で特攻しろって感じかなー」
「⋯⋯はぁ」
恐らく、私の能力を期待しているのだろう。制御できないのだから、異能ではなく体質というべきか。
「⋯⋯じゃあ、小規模の拠点を、朝までに、落としておく⋯⋯次の指示は⋯⋯出来る限り、早く頼む、って伝えておいて」
「りょーかい」
返事をするが早いか、暗がりから彼が飛び出す。
姿は既に見えなくなるが、一瞬、風を押し潰すような翼の音が聞こえたのは、きっと幻聴ではない。




