第二章「衝動は、その身を焦がす」最終話
「■!■!■■!」
声が、聞こえる。
暖かくて、この冷たい湖から、俺を引き上げようとする声。
その輝きは、次第に大きくなっていく。
だが、音はもう聞こえない。
聞こえてくるのは、俺の口から溢れていく空気の泡だけ。
あれ⋯⋯こんなに、冷たかっただろうか?
どうしようもないほど、寒い。寒い、寒くてたまらない。
「■■、■■■」
1人は、こんなにも寒かったのに。
でも、1人のほうが、ずっと良い。
この残酷さを、俺しか背負わなくて良いのだから。
「■■、■■■■■」
誰かの、声がする。
また、俺をこの暗がりから引き上げてこようとする手が。
でも、どうせ俺はそちら側へ行けない。行くことが赦されない。
「■■■■■」
⋯⋯どうしてだろう。
こんなに重りが付いているのに、俺は少しずつ浮上していく。
この手が、俺を引っ張り上げてくれる。
消えることのないと思っていた枷が、少しだけ、緩くなっている。
ああ、そうか。
1人は、寂しかったんだ。
でも、他人に自らの過ちを背負わせたくなくて。
俺は、馬鹿だ。
自分だけが、世界から隔離されたと思って。
同じ境遇の人間にさえ、自分は特別なんだと思ってしまって。
対して強くもない俺が、何も知らない俺が、俺よりも遥かに物を知っているであろう人物にさえ、刃が届くと思ってしまって。
そんなこと、叶うはずないのに。
今の俺に芽生えた感情を、人は何と呼ぶのだろう?
誰かと一緒に、生きてみたい。
自分らしく、生きてみたい。
いつか、この命が消えてしまっても。
誰かのために、生きてみたい。
「柊凪」
「⋯⋯⋯鬼灯先輩」
「⋯⋯何?」
「何で、泣いてるんですか?」
「君が、柊凪の妹で間違いないな?」
「⋯⋯はい。平城美夢と申します」
「知っているとは思うが、私も一応名乗っておこう。秋宮冥だ、よろしく頼む」
目が覚めた時、私は病院の一室――ではなく、軍基地の救護テントのベッドにいた。
「っ!そういえば、凪様は!?」
「⋯⋯⋯すまない」
「⋯⋯どういうことですか?」
あの時、確か、梶木様と夕菜さんがいたのは覚えている。
だが、凪様の姿はなかった。
あの人は、戦い続けるはずだ。何があっても、守るものがある限りは。
だとしても、負けるとは思わない。死ぬなんて、思ってはいなかった。
「私を此処に連れてきたのは――」
「それは、黒いフードを被った、2人組だ。背丈から考えても、柊凪ではないだろう。彼は、恐らく――」
「そんな訳ありません!」
「っ」
「凪様は、こんなところで死にません!そんな、弱い人間ではありません!」
「⋯⋯いや、弱い人間さ。私と同じで、力に頼り切ることが出来ない、そんな人間だ」
「そんな、こと⋯⋯」
確かに、幻想を見ているのかもしれない。
それでも、私の前では、自信を持って振る舞ってくれている。私に、迷いを与えないために。
「ただ、私も彼が死んだとは思っていない。どこかで、しぶとく生き残ってるはずだ。まだ、合流していないだけだろう」
「⋯⋯⋯ですが」
「それはご尤もだ。既に、街に敵はいない。いや、“ノヴァ”を持つものがいないと言うべきか」
「それって⋯⋯」
「彼が、この街にいないのも確かだ。弱りきって、“ノヴァ”が枯渇している可能性もあるだろうが、恐らく」
まだ生きてる。
その言葉に、私の心は震えた。
それと同時に、自己嫌悪に陥った。
また、命令を破ってしまった。
傍で、守ると誓ったのに。
「君のご友人たちも生きてる。まだ、眠っているはずだが」
「⋯⋯そう、ですか」
「そういえば」
「⋯⋯⋯?」
何だろう?
「柊凪は、優秀な研究者だと予想している」
「っ!?」
どうにか声には出さないようにしたが、動揺は隠せなかったらしい。
仕方ないだろう、こんな不意打ちで言われるなんて、反則だ。
「で、その妹である君にも、才能はあると思っている。そこで、だ」
「そこで⋯⋯?」
不思議と、嫌な予感はしない。
ただ、どこか緊張してしまうのは、私の性ゆえなのだろうか?
「隣国のラーミリア共和国⋯⋯そこへ、着いてきてくれないだろうか?」
第二章、完結です。
今回のテーマは、パンデミックということにさせていただいたのですが、慣れていないのもありまして、少し路線が外れてしまった感が否めない。
この物語の、主人公は「柊凪」なのですが、「平城美夢」の視点からも多く語られることが多いため、ヒロインという立ち位置より、もう一人の主人公としての役割のほうが多いかもしれません。
前回の話では、凪は狼人化しており、謎の少女、ルナに助けられていました。
ならば、皆さんはこう思うはずです。
街中にこの能力を付与すれば、市民の狼人化は防げたのではないか、と。
まあ、この狼人の原理もあるのですが、“ノヴァ”による汚染なので、某ゾンビゲームのウイルスみたいに、噛まれた感染というよりかは、その“ノヴァ”を過剰に取り込んでしまえば、という感じです。
物語終盤、五十嵐なる男が現れたと思いますが、後に知ることになると思いますので悪しからず。
というわけで、次回は第三章。
隣国、ラーミリア共和国への遠征に勧誘された美夢と、この街ではないどこかで目覚めた凪、そして、その傍らで目覚めるのを待っていた鬼灯絢愛。
何か、目的がある様子の裏側も動きます。
ヴァルターと呼ばれる冷徹の男と、その付き人。
ヴァイパーと呼ばれたハイテンションな女性と、翼の名を持つ青年。
今回の戦いで川へと流されてしまったゼヴ。
そして、まだ明かされていない、1人の幹部。
戦場を統べる者は、意志を掲げた。
今こそ、復讐の時だ、と。
第三章、「まどろみは解けて、また交わって」
世界は、ある男の手へ、渡ってしまった――。




