第二章「衝動は、その身を焦がす」35話
「やっぱり、ここにいた」
視界がまだ暗い。
いや、暗いというか、赤い。
「リョウくんが言ってた通りだ」
でモ、立たないと。
立ッて、前ニ出ないト。
体中ガ痛いが、ソんなこト気にシテられない。
「でも、進行状況はゆっくりって言う感じですか?体質もあるんでしょうけど――」
「グゥラァ」
口から漏れたのは、獣同様の唸り声。
だが、俺がそんな変化に気づくことはなく、相手に飛びかかった。
「ちょ、危ないです、よっ」
だが、その声の主を食らうことは出来なかった。いや、正確には――
「全く⋯⋯理性は完全に振り切れちゃいましたかー」
見えない壁が俺の行く手を阻み、皮膚が溶けそうなほど熱い鎖が、俺の四肢の自由を奪う。
必死に抗おうと抵抗したが、意味はなかったらしい。
なんせ、この鎖は“ノヴァ”によって作られたものだから。物理的なダメージはあまり意味をなさないみたいだった。
拘束されて尚暴れまわる俺の正面に、その少女が足を進める。
そして、俺の胸に掌を近づけた時、どこか困ったように眉をひそめた。
「これは⋯⋯ちょっと難しいですかね?」
「どうしよ⋯⋯」
凪さんの“ノヴァ”に触れながら、どうしたものかと頭を悩ませる。
恐らく、原因は鬼炎を受けたことによる魔人化。この程度の弱さなら、魔人と呼ばれるほどでもないが。
全部が全部蝕まれているのではなく、右腕周囲の“ノヴァ”が変色しているので、その“ノヴァ”を取り除けば解決するだろう。だが、彼が伐魂者である以上、それをすれば能力の大半が失われる可能性も少なくない。
だからといって、少しずつ浄化させようとしても、時間が掛かりすぎる。
常人であれば、もっと早く進行しているのだろうが、伐魂者の性質上、中心部への影響は少ないのだ。
「ちょっと、キツイかもしれないです⋯⋯」
こういう毒関連は、リュウトくんの方が知見が深い。
今すぐにでも頼りたい所だけど、これぐらい私一人でやらないと。
これは、私のミスが原因なのだ。
「なら⋯⋯」
彼が死ねば、歴史が変わる。未来が変わる。
「ルナさん―――――助けて」
そんなことは、避けなければならない。
「OK」
「⋯⋯ったく、あの治癒使い」
未だに嫌な感触が残る腹部を擦りながら、俺は立ち上がった。
既に痛みこそないが、身体を剣で貫かれる感触は、決して良いものではない。死んでないだけ僥倖だとでも思うか。
「腕こそ確かだが、付け焼き刃の力に過ぎねえってわけか」
命を救う力が、そんなデタラメであって良いはずがないのだが、まあ、“ノヴァ”による力なんて、そんなものだろう。
死ぬ時は死ぬ。助かる時は助かる。それだけだ。
「だが、これで俺は戦える。死なない限り、な」
まだ、全力ではない。
あそこまで追い込まれて尚、自分が余力を残していることに驚きつつ、どこか呆れ気味に自嘲しながら俯いた。
「⋯⋯⋯やめだやめ!こんなところで落ち込んで、何になるってんだ!」
周囲に敵の気配はない。
恐らく、敵は全員片付いたと見ていいだろう。
狼人が“ノヴァ”に反応するのは習性を見て分かった。
あそこまで大規模な戦闘があった後で、誰ひとり訪れないのが、その証拠だろう。
橋の向こう側が閉鎖されているとはいえ、誰一人こちらに気付いていないのもおかしな話ではあるのだが。
「とりあえず、帰るか」




