第二章「衝動は、その身を焦がす」33話
「ったく、何でグルグル巻きにされてんだよ⋯⋯」
近くに置かれていた愛刀を握りしめ、俺は溜め息を吐く。
足元には麻紐が溜まっており、普通に食い込んんで痛かったとだけで言っておこう。
「あの少女⋯⋯ルナって言ったか?」
何をやらかしたのか知らないが、最後には泣き喚いていたし。
というか――
「あの男、どっかで見たことがある気がする⋯⋯」
あの空間にいたということは、魂を切り離すことが出来るということ。
つまり、並大抵の異能者ではない。
神と僭称していたあの少女や、セロと呼ばれたあの女性レベルでないと、それは無理なはずだ。
「まあ、いいか」
今大事なのは、この状況をどう打開するかだろう。
家の中は安全だろうとはいえ、外が危険に包まれていることに変わりはない。
戦える者が戦わなければ、虐げられるだけだ。
「美夢のことも心配だしな⋯⋯」
溺死しかけたとはいえ、身体は重いはずだ。なのに、今は絶好調に近いポテンシャルを発揮できる気がする。
「あれ?」
机の上においていたと思っていた兵器が、ない。
「⋯⋯どこ行った?」
間違いなく、今日――いや、昨日家を出るときまで、机の上に放置されていた。
美夢が自分で取りに来た可能性も否定できないが、美夢用に作ってあるとは言ってはいない。
なら、誰が――
「よっ」
いつの間にか、背後に人が立っていた。
開け放たれた窓からは朝日の風が漂い、新しい1日の始まりを告げている。
振り向いた俺の顔に、見覚えのある1人の男の顔が飛び込んできた。
「お前はッ――」
言うが早いか、衝動に身を任せ、勢い良く躍りかかる。
「ちょ、いきなり」
「問答無用ッ」
2年前、隊長を殺した張本人。
その男の顔を、俺が忘れるわけがない。
「だから、タンマ!」
だからだろうか?
衝動に身を任せてしまったせいで、動きが直線的で、単純だった。
刃を受け流され、ガラ空きの胴体に、相手の拳が突き刺さる。
「人違いだって。俺は、ルナに言われてきただけだ、本当だ!」
意識が飛びそうになる衝撃と戦いつつ、俺は改めて、相手の顔を見た。
似ている。
とても似ている。
それはもう、本人としか思えないぐらいに。
なら、本人だ。
「おい!俺は、五十嵐――」
「問答無用だ――」
「だから落ち着けって!」
今度は投げられた。
背中から叩きつけられる衝撃に、肺の空気が虚無へと帰す。
その反転した視界の中で、外套を羽織った人間は、埃でも取るかのように手で服を払う。
「俺は、五十嵐涼介だ」
黒髪黒目の男は、そう名乗った。
「すみませんでした!」
「いや、良いってことよ。流石に殺されるっ、って思ったがな」
そうやって肩をすくめるふりをした男を、もう一度観察する。
顔立ちは瓜二つと言うほど似ているが、言われれば雰囲気は全然違う。
あの男は、戦場を凍てつかせる殺気。だが、この男は、どこか哀愁漂う、ダウナーな雰囲気を纏っている。
「無断で侵入したことには謝るが、ルナから見張っとけって言われてな⋯⋯」
「⋯⋯知り合いですか?」
「まあ⋯⋯腐れ縁、だな。あと、タメ口でいいぞ」
どこから取り出したのか分からない短剣を抜き放ち、刃の煌めきを確かめている男は、そう言った。
「ということは、数千年生きている、と?」
「あながち、間違ってはいないな」
ぱっと見、30前半ぐらいの見た目をしているが、本当はもっと生きているのだろうか?
そんな疑問は口に出さず、目を見つめながら口を開く。
「退いてくれ」
「ダメだ」
相手は、出入り口の真正面に立っており、外に出られないのだ。
この緊迫した状況下で、大人しく、はいそうですか、というつもりは毛頭ない。
「急いでるんだ」
「ダメだ」
「退け」
「無理だ」
「邪魔だ」
「邪魔してるからな」
どうやら、意地でも通すつもりはないらしい。
「勝てるとでも?」
先程負けてる。多分、近接戦闘は分が悪い。
なら、飛び道具でも――
「忠告したからな」




