第二章「衝動は、その身を焦がす」26話
「クロウ!大丈夫ですか?」
「⋯⋯ああ、問題ない」
砂煙が晴れ、視界が良好となる。
だが、目の前に敵はいない。
いるのは、最愛の人だけ。
いや、もう俺達は――。
「ゼヴは?」
「⋯⋯中々頭のキレるやつらしい」
「責めるつもりはありませんよ?貴方が無事で、何よりです」
恐らく、力を出せば鹵獲することは簡単だっただろう。彼女のような二重人格者とは、何度も戦ったことがある。
だからだろうか?
「別に、クロウが衰えたわけではないでしょう?どちらかといえば、相手が私達の情報を持っていただけで」
そう言いながら、目の前の人は、俺を優しく抱きしめる。
暖かく、懐かしい匂い。
いつの日だったか、前にもこういうことがあった気がする。
その時の俺は、まだ弱くて。
彼女に守られるだけの、弱者だった。
「ああ、そうだな。っていうか、セロ」
「?何でしょう」
「お前こそ、疲れてるだろ?」
“ノヴァ”の損耗が大きい。
恐らく、都市全体に結界を敷いていたせいだろう。そこまで広範囲ではないといえ、持続していた時間は通常の戦闘よりも長い。その負荷が、今になって襲いかかってくることも珍しくはなかった。
俺は、彼女を守るために戦う。
だから、彼女が消耗したならば、守ることは当然だ。
「ちょ、リュ――」
「黙ってろ」
言葉を物理的に遮る。
しばらく困惑して身体を固めていたセロだったが、やがて、ゆっくりと俺に身を委ねてきた。
「落ち着いたか?」
「⋯⋯私は元から落ち着いてましたよ?」
潤んだ瞳で見上げてくる彼女を優しく撫で、最愛の人をもう一度抱きしめる。
「⋯⋯ズルいです、貴方は」
「何がずるいんだ?」
「後ろにいるかと思えば前で守ってくれて、前にいると思ったら後ろから見守ってくれる。私を、ちゃんと見てくれる」
「そりゃあ、お前の相棒だからな」
「相棒、ですか⋯⋯」
少し表情に影を落とした彼女を前に、俺は地雷を踏んでしまったのだた自覚した。
「貴方は、私の相棒でしかないんですか?⋯⋯私は、違います」
「⋯⋯すまん」
「謝ってほしいわけじゃないんです。でも、私達は何百年も――」
「お前が好きだ」
「⋯⋯⋯へ?」
俺の突然の告白。
当然、話の脈絡的にこの言葉を紡ぐのはおかしいのは分かっている。
俺は卑怯だ。
言い直せば、なかったことに出来ると思っている。でも、この言葉に偽りはない。
戸惑いを隠せず眉をひそめた最愛の人に、微笑みながら言葉を続ける。
「お前が好きだ、レイ。これまでも、これからも」
「きゅ、急に何を言うんですか!?」
何十年ぶりだろうか、この愛称を呼ぶのは。
俺の腕の中で、顔を赤くしながら胸を叩いてくるレイを、優しく撫でながら、俺は自虐気味に笑う。
「俺達も、まだまだ子供って言うことだ。まあ、しょうがないんだけどな」
「リュ――」
「でも、後悔はしてないだろ?この道を択んだこと」
俺は、後悔してない。
こうして、彼女の隣を永遠に歩み続けられるから。
俺達が嫌いなこの世界で、命を繋ぐことが出来るから。
願わくば、次の魂でも。
そのために、俺は彼女を守る。
そして、来る時まで戦い続けていく。
それが、俺達の最後だとしても。
「ごめんな、**」
大きな盾を背負った騎士は、俺に謝った。
「――後は頼んだ」
過去に殺された剣士は、俺の糧となった。
「先に行きなさい。ここは、私だけで十分よ」
姉のように慕っていた狙撃手は、俺の道を切り拓いた。
「おめぇらだけでも、生き残れッ!」
豪快に笑う鬼の化身は、俺達の命を救った。
「成し遂げるのでしょう?なら、迷う必要はありません」
俺を導き続けた天才は、世界中を敵に回した。
「キミは、まだ死ぬべきではない」
そして、俺達が諦めた時、世界から救った神は、この世界にはもういない。
だから、俺達は戦い続ける必要がある。
あいつを殺すまで。




