第二章「衝動は、その身を焦がす」21話
「キリがない」
あれから数分、未だに減ることのない敵を前に、凪は呻く。
拳銃の弾丸は底をつき、使えるものは全部使った。
まあ、結構時間は稼げた、もういいだろう。
「で、どうやって帰るか⋯⋯」
周囲は血塗れの狼に囲まれ、脱出経路は見当たらない。
どうやら、運の尽きらしい。
相手の頭上を越えることも可能ではあるが、俺の能力は、速さを変えるだけ。加速度を操作するだけなので、どうしても制御することが難しい。防御向けの能力でもなければ、集団を相手にする能力でもない。
もちろん、発動と同時に軽度の身体防御(強化ではない)は施されているので、落下などへの耐性は一般人よりは大きい。
ただ、俺に残された“ノヴァ”に、そこまでの力は不可能だった。
「せめて、銅丸さえあれば」
中心が小さくなっていく包囲網の中で、俺は愛刀を思い浮かべる。
錆びることがない赤金の魔錬金で作られた、不倶戴天の刃。この凶刃を見るものは、数瞬の刹那のうちに切り刻まれると噂される、異骸の妖刀。
柄に刻まれる紋章は、不墜の翼。
だが、その翼は、今手元にない。
「⋯⋯ここまでか」
いつか、終わりが来ることは分かっていた。
この戦場に身をおいている限り、いつか必ず、潰える時が来ると。
だが、いざ来てみると、あまりにも呆気なくて。
でも、不思議と恐怖はなかった。
もう、疲れた。
⋯⋯でも、どうせ死ぬなら、残された力で周りの奴らを道連れにする。
敗北者で終わりたくない。敗北するとしても、自ら膝をつくような真似はしない。それは、今まで背負ってきたものを裏切ることになるから。
だったら、最後ぐらい、思いっきりやっても、赦されるのではないだろうか?
覚悟は、あの時から、ずっと前から、出来ている。
「『オーバード――」
「まだ、散るには早いですよ」
突如、背後から響き渡った凛とした声。
それと同時に、血に染まっていた視界に、霜が降りる。
瞬きの刹那、そこに広がっていたのは、銀世界であった。
その世界は一瞬で砕け、紅の華が咲く。
紅至乱狩。彼女が巻き起こした旋風の後には、血の雨しか残されない。
「随分と情けない姿だな」
「⋯⋯到着、遅いじゃないですか、隊長」
「お前なぁ⋯⋯俺だって、来たくてここに来たわけじゃねえよ。でもな――」
「私が無理を言って車を出してもらったんです」
「⋯⋯何故、当主が自ら?」
やはり、先程の攻撃は、当主が引き起こしたものらしい。
あの攻撃の数も然ることながら、一撃で相手の急所を穿つ精密制御も恐ろしいものだ。
「大切な部下に死んでもらっては困りますので」
「⋯⋯⋯本当は?」
「こんな面白そうな場面、私が見逃すわけないじゃないですか」
それもそうだ。少しでも期待してしまった自分を殴り飛ばしたい。
まあ、長年の付き合いだ。予想していなかったといえば嘘になるが。
「⋯⋯何の用ですか?」
「助けてやったのに、何だその言い草は」
〈熾燕〉の言葉に最もだと心の中で謝罪して、〈魄雷〉の方へと向き直った。
「今回の事件、その裏にいる人間の動きを探りに来たんです。恐らく、様子見と言ったところでしょうが、少しぐらい手がかりはあるはずです」
「⋯⋯隣国の国境から、この場所まで距離が遠すぎる。気付かれずに襲撃をするのは不可能」
「ええ、そういうことです。ですので、輸送してきた経路を割り出す――」
「〈魄雷〉様、不可解です」
「⋯⋯何が、ですか?」
首を傾げる当主を前に、俺は言葉を続ける。
「狼人のことです。統率の取れた動き、低い知性ではあるものの、目標へと辿り着く高い身体能力と突破力。高い感染力も持ち合わせていることから、元々は一匹で物足りるのではないでしょうか?」
「⋯⋯ということは」
「始祖となる存在⋯⋯狼人の指揮官が、この街にいます」




