第二章「衝動は、その身を焦がす」20話
「⋯⋯前に、お会いしたこと、ありませんか?」
バレた。
いや、諦めるにはまだ早い。
「そりゃあ、同じ階層なんだから、合ったことぐらいはあると思うぞ」
「いえ、そうではなくて⋯⋯以前、助けていただいたことがありませんか?」
「⋯⋯⋯」
多分、バレてる。
何でバレたのだろう。
あの時は、仮面をしていた。服装だって違う。姿勢だって、若干違う。
匂いも、今は血腥い匂いに溢れているから、バレないはずだ。
なら、何故バレた。
「⋯⋯ないと、思うぞ⋯⋯?」
「なんで疑問形なんですか⋯⋯?」
どこか呆れたように、それでいて、嬉しそうに笑う彼女を見て、納得する。
面白がっている。
こんな状況だと言うのに、先程死にかけたばかりだと言うのに、もう切り替えている。
いや、切り替えが早いのが悪いとは言わない。
だが、彼女がそうである必要はない。
「さあな。多分、人違いだと思うぞ。俺は、アンタに合ったことはない」
「⋯⋯そう、ですか」
「さ、話はこれで終わりだ。いつ、奴らが出てくるか分からない。だから、早めに脱出しよう」
会話は終わりだとばかりに背を向けて、そそくさと歩き出す。
後ろから慌てて追いかけてくる足音が聞こえるが、足を緩めることはしなかった。
「⋯⋯他の皆さんは?」
「知らん。まだ生きてる奴もいれば、もう殺された奴もいる」
「生きてる人たちは、脱出できるんですか?」
「⋯⋯⋯あのなぁ?全員救えってったって、そのためには全ての狼人を殺す必要があるんだぞ?」
「ライカンスコープ?」
「狼人だ。アイツラのことを、そう呼んでる」
「⋯⋯というよりは、ゾンビの方が近いのでは?」
「ま、殺せるなら吸血鬼だろうが、狼人だろうが、屍人でも構わねえよ」
不死身の存在でない限り、殺す方法はある。
不死身の存在さえも、葬る方法はあるかもしれない。
「理事長」
「随分遅かったじゃないか、柊凪」
「俺にも、仕事がありますので。他の生徒はどこに?」
秋宮理事長が手に握っていたのは、少し前に持っていた拳銃ではなく、装弾数の多いアサルトライフルだった。どこかで、武器を変える機会があったのだろう。それならば、援軍がいる可能性だってゼロではない。
「この上、屋上だ。もうすぐしたらヘリが来る。この街の住人は、出来る限り高い場所で固まるように指示されているのさ」
「ですが⋯⋯」
「ああ、奴らは壁を乗り越えることが出来る。だから、固まっているように指示が出されたんだ」
「えっと⋯⋯?」
状況がなかなか飲み込めないのか、日高雫が口を挟む。
「高いほうが見つかりづらいだろ?至るところに人がいて辿られるより、予め高い場所にいれば、相手に会う機会も少ない。最も、騒ぎ立てれば嫌でも気付くがな」
「⋯⋯鋭いな。その観察眼どこで磨かれたのか、ぜひとも教えてもらいたいものだが――」
「周囲の狼人は、出来る限り引きつけます。距離さえあれば、多少もたついても、こっちに来るまでに時間がかかるはずなので」
「助かる。でも、出来れば護衛をして欲しいのだが⋯⋯」
「生憎ですが、妹が待ってると思いますので」
美夢には悪いが、ここで言い訳を使わさせてもらおう。
この事件の黒幕を突き止めるために、自由に動ける必要がある。日高雫は、もう安全だろう。周囲をあらかた殲滅して回れば、危害が出ることもないはずだ。
この惨状を繰り返さないためにも、統轄者を追い詰める必要がある。
「⋯⋯というか、意外です。理事長が、そんな事を言うなんて⋯⋯」
「君みたいな優秀な人材には、死んでほしくないからね。ほら、この拳銃を持っていきたまえ」
渡されたのは、大型拳銃。銀色のフォルムには、五芒星が刻まれている。
「⋯⋯死にませんよ、俺は」
受け取るが早いか、俺は階段を勢いよく下り、窓の外へと飛び出す。
眼下には、数多の狼人が俺を見て吠えているが、怯える必要は、ない。
この程度の雑魚なら、俺が狩る側だから。
「化け物どもに告ぐ!死にたい奴はかかってこい。それ以外のやつは――震えて眠れ」




