第二章「衝動は、その身を焦がす」19話
「グルァラゥアゥ!」
文化部の倉庫だろうか?その小さな物置には、様々なものが散乱していた。
その奥には、こちらに気づき、動きを止め振り向いた狼人と、壁際まで追い詰められ、死を待つだけだった生徒の姿が見える。
この暗闇の中でも、狼人の瞳は燦々と輝き、俺とその生徒のどちらを狙うのか見定めている様子だった。
そして、数秒の刹那が過ぎ去った後、狼人はこちらに飛びかかってきた。
俺が持っている包丁では、攻撃を防ぐことは出来ない。かと言って、両隣に回避できる場所もない。
狙うとすれば、カウンターだ。
負けることはない。
ただ、相手の肉の鎧に致命傷を与えることが出来るのは、2度まで。それ以上は、包丁が持たない。
組討にすれば確実に殺しきれる自信はあるが、俺の持ち味のスピードを封じられれば、万が一の可能性もある。確実に殺すには、飛びかかってきた相手の急所を確実に貫く必要があるだろう。
だが、狼人は獣の本能と高い身体能力を併せ持つ。空中で身を捻るぐらい、造作もないかもしれない。
ならば、確実に仕留めれる瞬間を狙う。
相手の爪が肩を貫く寸前、後ろに倒れ込む。
そのまま勢いに逆らわず、さながら巴投げのように足を使い、相手の胴体を跳ね飛ばす。巴投げより、加速度がおかしいオーバーヘッドキックのほうが正しいかもしれない。
そのまま投げられ、廊下の中央に投げ出された狼人は、勢いのあまり背中を強打した。
すぐさま起き上がろう藻掻くが、再び敵の顔を見ることはなかった。
銀の一撃が一閃され首を綺麗に両断する。
狼人のコアは、心臓と脳だ。
どちらかがなくなっても動くことが出来るのが“ノヴァ”の恐ろしいところだが、その修復には多くの“ノヴァ”を必要とする。
この死体も、心臓だけでは動くことが出来ない。
どちらかといえば、脳をやられた方が生体としては致命傷なのだろう。頭部さえ損傷させれば、しばらく動きを封じれるかもしれない。
次への対策をしつつ、物言わぬ死体となった狼人を跨いで、物置へと向かう。
あの狼人も、元はこの学校の生徒だったのだろう。
だが、運悪くここに居合わせてしまい、蹂躙され、そして、友人たちを殺す結果となってしまった。
なんとも悲しい話だが、それだけで終わらせてはならない。
もし、悲しい話があるなら、その物語を終わらせた俺が、続きを紡がないといけないから。
「大丈夫か?」
「⋯⋯⋯ぁ⋯⋯はい⋯」
恐怖のあまり腰を抜かしてしまったのだろう。
足は震え、声を出すこともやっとのようだ。
「立てるか?」
手を差し出しつつ、彼女の顔を確認しようと顔を近づける。
そして、驚愕した。
「あ、ありがとうございます⋯⋯助けて頂いて」
「⋯⋯⋯」
絶句、とは、このことだろう。
確かに、見覚えのある“ノヴァ”ではあった。物置は暗がりで、顔を見ることができないというのもあるだろう。
だからといって、護衛対象が一目で分からないというのは如何なものか。
「⋯⋯日高、雫」
「あ⋯⋯はい。⋯⋯ご存知でしたか?」
「⋯⋯まあ、一応」
知らない、とこの学園にいる時点で言えることではない。ならば、誤魔化したほうが良いのだろう。
おずおずと俺の手を握る華奢な手。
それを引っ張り、彼女を立ち上がらせる。
まだ力は入りきっていないだろうが、ここに留まるのも危険だ。
そう思って、手を引きながら歩き出そうとした瞬間、彼女の身体が崩れ落ちかけた。
咄嗟に肩を受け止め、転倒を防ぐ。
「すみません⋯⋯まだ、足に力が⋯⋯」
「いや、俺の方こそすまない。しばらくは、ここで休んでおけ」
「⋯⋯貴方は」
「俺もここにいるさ。歩けるようになってから、安全な場所まで行けば良い」
とはいっても、どこに安全な場所があるだろうか?
せめて、背中を預けられる仲間がいれば、どこかを避難場所として設定することが出来ただろう。多くの被害が出る前に、食い止めることも出来るかもしれない。
だが、今この場に、俺より戦える人物はいない。
美夢や梶木、〈暴君〉や鬼灯先輩がいれば、少しは状況が楽になっただろう。
いや、梶木がまだどこかにいるか?俺を待っている間に事が起こったので、その可能性は低くない。
理事長が生徒を避難させていればいいが。
「⋯⋯もう大丈夫です。なので――」
「あまり、無理はするなよ。あんな思いをしたんだ。怖くて当然だ」
「⋯⋯いえ、大丈夫です。もう、歩けます」
「⋯⋯そうか」
本人が出来るというのなら、信じていいだろう。いざとなれば、担いで走れば、襲われても逃げることが出来る。
「あ、あの!」
「ん?」
「⋯⋯前に、お会いしたこと、ありませんか?」




