第一章「少年は、涙の下で。少女は、志の下で。」3話
誰もが、自分自身に自信を持っているわけではない。
ありのままの自分を、見せることができるわけではない。
だからこそ、演じることが多々あるのは、当然のことだ。
自分を押し殺して、周りに溶け込もうとする。
だが、それすら、赦されない世界があるとすれば――?
そんな世界があるとすれば、そこは地獄だ。
「なあ、そろそろ帰ろうぜ?」
「⋯⋯⋯」
「⋯⋯?窓の外なんか見てどうした、凪」
「⋯⋯⋯」
「おーい、聞こえてるかー?」
「⋯⋯⋯」
「おーーーーーーーい?」
「⋯⋯どうした?」
「いや、どうしたじゃねえよ、話しかけてるんだからさ」
日差しが差し込む、昼下がりの教室。
その片隅で、俺は初めて出来た友人に話しかけられていた。
「⋯⋯すまない、聞いてなかった」
「うん、知ってる」
そこで初めて、彼の顔を見上げる。
くすんだ黒髪はボサボサで、浮かぶ2つの瞳は、どこか呆れたような光を宿していた。
「すまない、梶木。もう一度言ってくれるか?」
「嫌だよ、面倒くさい」
そして、拗ねたようにツーンと唇を尖らせた。
「男がしても、可愛くないぞ」
どこまでも自然体で振る舞う青年の名前は、梶木誠黒。俺――柊凪と同じ、北嶺音学園の新入生だ。
「お前なぁ⋯⋯」
こちらに対して、ジト目を向けてくる彼は、俺と同じ人間だ。
そして、他にも同じ人間がいる。
「そう言えばお前、聞いたか?」
「⋯⋯何を?」
「我らが聖女様の前に、また1人、散っていったそうだ」
「⋯⋯だからどうした」
「お前、聖女様のこと、好きだろ?」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯は?」
頭が沸いてしまったのだろうか?
「いやいや、誤魔化したって無駄だぜ?だってお前、聖女様のこと、ずっと見てるじゃん」
聖女。
その愛称で慕われている、1人の少女。
名は、日高雫。
絶世の美少女であり、名家と称される、日高家の令嬢だったりする。
その天使のような美貌とモデル顔負けのスタイル、それでいて謙虚でお淑やかな性格から、異性からの人気は勿論、同性からの評価も高い。
常に笑みを崩さず、鈴を転がす声音で笑う彼女は、その信者が非常に多く、毎日のように告白されては散って行っていた。最も、信者はそんな馬鹿な真似はしないが。
「⋯⋯いや、別に見てないが?」
「嘘つけ」
即答された。
何故そこまで疑われるのか、思考を巡らせて考える。
その答えは、すぐに見つかった。
そして、同時に本人が姿を現した。
「あ、あの⋯⋯道を開けてもらうのは嬉しいのですが⋯⋯その⋯⋯」
「いえいえ!聖女様の手を煩わせるわけにはいきません!」
「聖女様は、我々のことを視界に入れず、どうかそのままお進み下さい!」
廊下に彼女が現れれば、神話の奇跡よろしく、人の海にたちまち道が開く。
そして、彼女を追いかけようとその後ろを追った者に待つのは、塞がれた海の中で、溺れる音を聞くことだけだ。
それでも、彼女が一人でいる時を狙って、あるいは呼び出して、想いを告げるものは多い。
入学して早一ヶ月。
彼女に告白した人数は、既に三桁に迫っている。1日に2人以上から告白されているらしい。
紛れもない、人気者だ。
「ほら、また見ただろ?言い逃れできないぞ」
「⋯⋯見てない」
「嘘つけ」
「嘘じゃない」
「お前なぁ?」
カバンを机から持ち上げ、そのまま席を立つ。
「ちょ、待てよ!?」
事実、彼女だけを見ていたわけではない。
彼女の周りに目を走らせているだけで、彼女自体を見ているわけではないのだ。
「別に、お前が聖女様に恋しても、俺は構わないんだがなぁ」
「恋してない」
「はいはい、してませんねー」
「ふざけてるだろ」
今の俺は、彼女の信者の中に紛れた、ただの人間。
それ以外を意識すれば、必ずボロが出てしまうのは分かっている。
だが、気を抜けば、任務に集中できない。
よって、彼女の身辺を合法的に護衛できる、彼女の信者という立場は、非常に使いやすいものだった。
「なら、絢愛先輩とかどうだ?あの人⋯⋯中身はアレでも、顔とスタイルは抜群に良いからな」
「絢愛先輩?」
「いや、ほら、2年生の、あの人だよ」
噂の2人と、俺達2人には、ある共通点がある。
そして、その共通点は、ほとんどの場合、隠すことが多い。
「お、噂をすれば、何とやら、だ」
直後、下駄箱付近から、怒号が聞こえてきた。
「⋯⋯ヤバそうだな」
「お前、ほんと無関心だよな⋯⋯?」
それでも足早に、事件が起こったと見られる現場へ急ぐ。
「鬼灯!てめぇ、いい加減にしろよ!」
「⋯⋯自分より弱い人間に、説教されたくない」
「ッ!?テメェ――!」
辿り着いた時は、一人の女子生徒が、屈強な男に殴られる瞬間だった。
しかしその拳が、彼女の身体を傷つけることはなかった。
「―――遅い」




