第二章「衝動は、その身を焦がす」17話
「――聖女様!早くお逃げ下さい!ここは、俺達が」
「(⋯⋯だめです)」
「――聖女様、この上は危険です。この廊下の先に、隠れれる場所が」
「(⋯⋯嫌だ、行かないで)」
「――聖女様。私たちは良いので、ここにお隠れ下さい」
「(⋯⋯そしたら、貴方達は)」
みんな、先に行ってしまう。
物置の扉の向こうは血に染まり、今も悲鳴が響き渡っている。
だが、頑丈な扉はその全てを封鎖して、私から遠ざけようとする。
今の私は、この状況と何ら変わりがない。今の私こそ、本当の私なのだろうか?
考えれば考えるとほど、その深淵に引きずり込まれていきそうで⋯⋯怖い。
こんな状況でも、私を守ってくれている人達がいる。
きっかけが何だったのかは分からない。でも、今は私を慕ってくれていた。それ以上に必要なものはない。
聖女としての私を慕ってくれているのは分かる。
でも、それが何だ。
今の私に、彼らを救う力はない。そんな力を振るうことも出来ない。
あの人が言っていた通りだ。
弱いから、守れない。弱いから、何も出来ない。弱いから、彼らに報いることが出来ない。
でも、どうしたら強くなれる?
私の力は、人を害するものだ。
私の周りにこの力を知る存在は、それこそお祖父様以外にもういない。
みんな、私のせいで、消えていった。
私がいなかったら、助かっていたかもしれない。
今も、その惨状は続いていく。私が、自分自身を隠し続ける限り、いつまでも――
「グルシャアアア゙ア゙ア゙ア゙!」
突如、扉が衝撃とともに破られ、この小さな部屋の中に、獣のような咆哮が響き渡る。
私が隠れている場所は、入口からは死角となっている。だから、声を出さなければ、存在が気付かれなければ、このまま帰っていくはずだ。そうすれば、また違う場所を探して――
「グルゥルゥルルルル⋯⋯ガゥアァウ!」
足音が、近づいてきた。
死の気配が近づいてきて、鼓動が早くなる。息が早くなる。
必死に声を抑えようと口を塞ぐが、体中は震え、嫌な汗が全身から吹き出していた。
「⋯⋯⋯⋯ぁ⋯⋯」
目が、合った。
血よりも紅く染まった視線に貫かれ、私はさらに身を小さくする。
その化物は、皮膚が張り裂け筋肉が隆起し、鋭く尖った歯を剥き出しにし、右腕は異形の爪へと発達しており、目の前にいるどんな生物でも、戦う気力がなくなってしまうだろう。
死を覚悟し、目を瞑ろうとした時、あるものが目に映った。
黒地に金の刺繍が入った紋章。
山を背負った亀が、首を上げている紋章。
その化物は、私と同じ制服を身に纏っていた。
至る所が血に汚れ、破け、制服としての原型はほとんどないが、その紋章が残っていることは、うちの学園の生徒だったに違いなかった。
絶句して、そのまま顔を見上げる。
既に尖った大きな爪は振り上げられており、死から逃れられない。ならばと、決意を固め、知り合いだったかどうかを確認しようとしたのである。
ただ、元の人間の原型がほとんどないので、分からない。せめて、手がかりさえあれば、何か分かったのだろうか?
迫りくる死を前にして、私は目を瞑った。




