第二章「衝動は、その身を焦がす」15話
「おや、あまり驚いていないようだね?」
「まあ、興味ないですから」
「⋯⋯へぇ」
「?」
俺が知っている状況なら、鬼灯先輩は今も、自宅にいるはずだ。
念のため、バレないように“ノヴァ”を探ってみるが、やはり――
いや、待て。
確かに、完全な異能者ではない俺では、完全な索敵は出来ない。精々、訓練されてない異能者の上位互換なだけだ。
だとしても、この“ノヴァ”は、あまりにも不自然すぎる。
まるで、人の形を保っているだけかのように――
「妹を連れて、今すぐこの街から離れるんだ」
「⋯⋯え?」
「聞こえなかったか?今すぐ、妹を連れてこの場所から離れろ」
突然の言葉に、思わず思考が止まる。
美夢を連れて、この場を離れろ。
それは、俺達になにか危険が迫っている他にない。
どこかの組織から狙われているのかもしれないし、もっと他のことかもしれない。
そこでふと、先程見た資料の内容を思い出した。
「⋯⋯まさか」
「嵐が来る。今までにないような、とても大きな嵐が。甚大な被害は免れないだろう。でも、君達はまだ助かる。異能者であるならば、全力で逃げれば、まだ――」
「理事長!」
「急にどうした――」
どうしてそういう行動に出たのか、自分でも分からない。いや、戦場に立っていることこそが、その理由なのであろう。
切り裂かれた空気、全てを狩ろうとする殺気、紅に染まった匂い。
それら全てが、この場所へと戻ってくる。
咄嗟に理事長の肩を引き、そのまま地面に押し倒す。
刹那、先程までいた場所に、爪痕が走る。
そのまま手すりの上に跳び上がってきた存在を見て、俺は目を丸くした。
「これは――」
「⋯⋯狼人だ」
「ライカンスロープ?」
先程の資料に載っていた、“ノヴァ”の生物研究の中の1匹。
焦岩熊とは違い、変異前は人間なのは間違いない。そして、既に中身が死んでいるであろうことも。
「つい先日、隣国の共和国で大量殺人を起こした、生物兵器の一種だ」
〈矛品〉から聞いていた。あの大量殺人は、“ノヴァ”災害の一種だと。
“ノヴァ”には、生物や無機物を変異させる力があるとされる。
もちろん、制御できていれば変異しにくいのだが、変異するのは、大抵自我をなくした場合のみ。
これを異能者の成れの果てだと言う人間もいるが、その真偽は未だ不明だ。
当然、異能者とこいつらは何の繋がりもない。あるとすれば、“ノヴァ”が関係していることだけ。
「グルァァッァアァ!」
「チッ」
こちらの隙を伺っていたかのように、上ではなく直線的に跳躍してきた狼人に対して、既に体勢を立て直していた俺は、理事長の正面に立ち、カウンターを叩き込まんと拳を振りかぶる。
タイミングなど、俺には必要ない。
この間合いなら、俺の方が速い。
感覚を研ぎ澄ませる。
自分の内側にある光に手を灯し、ゆっくりと両手で包んで、優しく握っていく。
包まれた光は眩く輝き、より一層力を増していくのが分かった。
ずっと感じてきた痛みが、自分の身を焦がしていくのを知りながら、その光を覗く。
その中の無数の光は、やがて奔流となり、周囲の光景を染め上げる。
そこに、色はない。
あるのは、遅く、緩やかになった時間だけ。
そして、光の奔流が一点へと集合していき、淡く煌めく閃光となり――弾ける。
目が眩むほどの――閃光。
現実に戻された視界に、俺はためらうことなくその足で踏み込んだ。




