第二章「衝動は、その身を焦がす」10話
「平城さん、入りますよ?」
「は、はいっ!」
皐月が扉をノックし、応答があってから静かにドアノブを回す。
研究所内の部屋にしては、ややこじんまりと空間で、それでも少人数で作業するには申し分ないスペース。
人があまり使わなかったことで、掃除こそされているが、物は何一つない、質素な外装。
部屋の中では、美夢と皐月の部下らしき女性が仲睦まじく談笑していた。
あの美夢がこんなに楽しそうに笑うなんて、結構珍しいかもしれない。何なら、俺の前では年相応に振る舞ったことなどないかもしれない。それぐらいレアだった。
「では、私はこれで――」
「姉さん、少し待って下さい」
「⋯⋯⋯姉?」
改めて、皐月が姉だと呼ぶ人物の顔をじっと眺める。
先程部下だと呼んだ人間と、声も容姿も、何一つ変わりはない。
ということは
「平城さんはもう既にご存知のようなので、凪先輩に紹介します」
「鈴川香菜と申します。お察しの通り、皐月の義姉です」
〈SDK〉に所属する未成年は、自立している人間が数少ない。
俺より後に来たとはいえ、皐月だって突然親をなくした人間だ。精神状態は不安定になることは多いだろう。
そのため、年上の自立できている人間を、その人間の補佐につけることが多いのだ。
寮のようなものもあるが、こういう出張する部隊では、1人になる機会が多い。なので、こういう家族のような存在を作っているのも、精神を安定させる方法の1つなのだ。
ちなみに、俺は数少ない自立できた人間の1人で、任務も1人でこなすことが多かった。
「凪先輩が〈武天鷺〉に行った後に、第十番隊から派遣されてきたのが、姉さんなんです。僕の護衛と――」
「第十番隊って⋯⋯」
俺も驚きで目を見開いたが、美夢はそれを抑えきれなかったらしい。
開いた口が塞がらないとはこれを指すのであろう。
「はい、御存知の通り、私が所属していた第十番隊は、守護に特化した部隊です」
守護を司る十番。
大都市を警護し、要人の護衛をも担当する、盾となる部隊。
クーデターや反乱の際も、攻勢に出て鎮圧するのではなく、用心棒としてその場を離れない。
もちろん、それを本人に悟られてはいけない。
姿を表すことはあっても、決して雇われているわけではない。
「姉さんは、僕を守るために送られてきました。ですが、今はもう、その心配もないので」
「こうして、身辺のお世話をしているわけです。皐月は少々、ズボラと言うか、自堕落なところがありますので⋯⋯」
この人、少し美夢と近いのかもしれない。
何がとは言わないが、結構似てる。
「で、皐月。鈴川さん――って皐月もだな。まあいいや。鈴川さんも同席して、何を話すつもりだ?」
今の皐月は、先程まで、俺に質問していた彼女ではない。
彼の異能者としての能力は、魂魄系統。
代表的な力は、降霊術である。とはいっても、そこまで多くの人間を降ろすことは出来ず、精々3人程らしい。元当主を除いて、残る2人の魂は知らない。
決して攻撃的な能力ではないが、この能力も迫害の対象である。
死霊使いだーとか、呪術師だとか。気味が悪いことには違いないのだろう。
「姉さん、周囲に人は?」
「少し待って下さい⋯⋯」
そう言って鈴川さんは目を瞑り、神経を研ぎ澄ませていく。
“ノヴァ”が濃密に編まれ、地面を辿って周囲へと展開されていく。
どこか見たことがある紋様だが、それを思い出すより前に、“ノヴァ”が一気に萎んでいった。
「この階層には、特に人はいないかと」
ここは地下6階。最下層ではないものの、そこそこ低い階層であることは間違いない。
この階層にあるのは、古びた機械と寂れた部屋だけ。
つまり、人影があれば、その狙いは俺達で間違いないってことだ。
「香菜さんの能力って⋯⋯」
「はい、結界術です」
やはり、美夢と鈴川さんは仲がいいらしい。相性がいいのだろう。
「それでは、本題に移ります」
「⋯⋯⋯」
ゴクリと生唾を飲み込み、ソファから背筋を伸ばした。




