第二章「衝動は、その身を焦がす」8話
「あっ、ヴァルっち!久しぶり〜!」
「⋯⋯⋯久しいな、ヴァイパー」
暗がりの廊下で、一組の男女が間近で向かい合う。
だが、空気は冷たく、そこに甘い空気はない。
「あれ、ゼヴっちは?」
「知らぬ」
窓から差し込む月明かりが、両者を照らす。
2人は、仮面をつけていた。
瞳は赤く爛々と輝いており、銀髪が月夜に映える。
「この感じは〜ヴィラちゃんは別行動かな?」
「⋯⋯⋯お前には関係ないだろ」
「ツレナイコト言うにゃよ〜」
「うるさい」
素っ気なく、決して仲間、それも歴戦の友に向けるには相応しくない言葉。
それでも、満足そうに、ヴァイパーと呼ばれた女は頷いた。
「じゃ、私はそろそろ行くね?」
「⋯⋯⋯さっさと行け。俺も忙しいんだ」
手紙を受け取り、背を向ける男だったが、その足取りは小さなものだった。
反対に、女の足取りは大きく、弾むように廊下の反対側へと跳ねていく。
「⋯⋯⋯時はまだ満ちぬ」
その呟きは、彼女の背中には届かない。
「⋯⋯⋯大好きだよ」
その呟きは、彼の背中には届かせない。
「⋯⋯⋯⋯」
無言の沈黙は、世界を刻む者の言葉。
その隣で、銀髪の少女は、静かに頷いた。
「凪様」
「どうしたー?」
「車を運転なさるのは如何なものかと⋯⋯」
「免許証ならあるぞ」
「そういう問題ではありません。自動車の免許は、17歳半以降しか取得出来ないんですよ?」
「それ言うなら、戸籍ない人間が学校にいる時点でおかしいんだけどな?」
「⋯⋯⋯それは」
「ま、それなりの運転はできるから、安心してくれ。何なら、レースぐらいなら出来るぞ」
「いえ、しなくていいです」
目的地へと車を走らせ、少しずつ都心から離れていく。
川沿いにある、寂れた廃屋。近くは森林に囲まれ、周囲から視認されることはない。
上空からも存在を確認することは困難で、衛星写真が貴重なこの世界では、そこに建物自体があるとは思わないだろう。
「着いたぞ」
「⋯⋯⋯ここが研究所、ですか」
「ああ。パッと見分からないけどな、それが狙いでもあるんだが」
正面の茂みに停車させ、エンジンを切る。
運転席から出ると、向こうもこちらの存在に気付いたようだ。
廃屋の扉が開き、1人の青年が出てきた。
「久しいな、皐月」
「⋯⋯お久しぶりです、凪先輩」
鈴川皐月。
第九番隊のエースで、“ノヴァ”を組み込んだ機械開発なら、右に出る者はいないだろう。
機械であって、武装ではない。
彼は、“ノヴァ”が人殺しの手段になることを嫌っている。
幾ら〈SDK〉が非合法な組織でも、彼のような善人は数多くいた。
「順調か?この前言ってた⋯⋯何だっけ」
「完全自律式浮遊デバイスです。⋯⋯⋯それより、凪先輩が顔を出すなんて、珍しいですね?1年ぶりぐらいでしょうか?」
「多分、もう少し長いかもしれないな」
「⋯⋯⋯⋯」
二人で談笑に耽っていると、少し後ろから視線を感じた。
振り返ってみると、そこには案の定、ジト目を向けてくる美夢の姿がある。
「っと、皐月、紹介しよう。任務の協力者、〈悠幻〉だ。名前は、平城美夢」
「⋯⋯⋯ご紹介預かりました、美夢と申します。皐月様、よろしくお願い致します」
俺の紹介に、美夢が礼をするが、その動きはどこかぎこちない。
いや、声も少しだけ震えているのだろうか?
まあ、しょうがない。
皐月は美男子だ。それも、爽やかで、甘いアイドルばりのマスク。全てが、彼を際立たせる魅力となっている。同性の俺からしても、かっこいいと思える相手だった。
「僕は、鈴川皐月って言います。えっと⋯⋯平城さん、こちらこそ、よろしくね?」
その空気を感じ取ったのだろう。
皐月も、砕けた言葉遣いに変更し、少しでも落ち着かせようと努力している。
「⋯⋯こんなところで立ち話もなんだ、そろそろ入ってもいいだろうか?」




