第二章「衝動は、その身を焦がす」6話
「⋯⋯⋯⋯その人は、〈暴君〉?」
「「え?」」
突如として話に割ってはいった人物に、俺達は同時に振り返る。
そして、言葉を失った。
梶木は、その人物がよく知っている人物であることに。
俺は、その人物に、ついこの間出会った気がして。
「⋯⋯⋯私の顔に、何か、ついてる?」
「あ、い、いや、そんなことないっすよ、鬼灯先輩!」
「⋯⋯⋯そう」
近くで見てみると、改めて端正な顔立ちをしていることに気付く。
凛々しくも、どこか悲しみを帯びた黒い瞳。引き込まれるようで、それが何なのかは分からない。
白磁の肌は、血の気が少なく、この世の者ではないように感じさせ、より彼女を、冷ややかで、人間ではないような、そんな印象にさせていた。
艶を帯びた、長い黒髪のポニーテールは背中まで流されており、肌とのコントラストが美しい。
相対的に見ても、彼女の容姿は、この世から少し浮いている、そんな感覚だった。
「⋯⋯で、その人は、〈暴君〉だった?」
「⋯⋯まぁ、はい」
嘘をついても仕方ないので、本当だと頷いて見せる。
この人は、さっきの光景を見ている。確実に。
その上で、こんな確認を取っているのだ。
「⋯⋯なら、何を、脅迫された?」
「脅迫?」
梶木が、不思議そうな顔で俺を見る。
新入生である俺達の中には、〈暴君〉の存在を知らない、もしくは、知ってはいるけど、少ししか分からない、そんな人間が多いだろう。梶木も、その1人だった。
「別に、大した内容ではありません。ですので――」
「何を、脅迫された?」
この人、引く気がないのだろうか?
単純に俺のことを心配していると言うよりかは、〈暴君〉の行動について確かめようとしている、そんな気がする。
「⋯⋯美夢のことで、少々」
「妹ちゃんの!?」
「⋯⋯そう」
俺の回答に、2人が違う反応を見せる。
聞いた人物は、特に興味はないと言った感じで、その場を後にしようとした。
「鬼灯先輩!」
だが、一方的な話では、俺も黙ってない。
振り返った彼女に、俺は駆け寄る。
「⋯⋯⋯何?」
「(いえ、大したことではないんです。ただ、よく聞いておいて下さい)」
「(⋯⋯⋯分かった)」
思ったより従順な反応に拍子抜けになりながらも、俺は話し始めた。
「(異能者である以上、今のこの世界に居場所はありません)」
「(⋯⋯⋯⋯)」
「(俺は世界を変えたい。誰もが笑える世界を、作っていきたい)」
「(⋯⋯急に何?)」
「(でも、1人じゃ無理だって分かってるんです。ですから)」
彼女の手を取り、振り払おうとする動きを封じ込める。
ここで拒絶されれば、恐らく――。
彼女はまだ、その時に辿り着いていない。
「(死に場所を、探さないで下さい)」
「ッ!」
瞳を覗いた時に感じた違和感は、恐らくこれだ。
彼女は、生きる理由をほとんど無くしている。
そして、その残された理由に縋りつき、それすらも断ち切ろうと歩き回っている。
目的は分からない。知る由もない。
ただ、救いを求めていることに、自らも気付かないなんて、悲しすぎる。
俺は善人ではない。
悪人かと言われても、否定する材料はないだろう。
それぐらい、酷い人間だ。
だからこそ。
彼女のような存在が死ぬより、俺のような存在が死ぬ方が、合理的だ。
「⋯⋯⋯何を、言っているの?」
「ただの戯言です。忘れてくれて構いません」
俺の目標のためには、彼女が必要なのだろう。
彼女は、自分が異能者であることを、恨みながらも認めている。
迫害された人間の大半は、認めることは出来ない。自分たちに、非はないのだから。
彼女は、普通の人間とは違う。
俺とは違う形で、異能者の居場所を作ろうとしている。
彼女は、真面目なのだろう。
だからこそ、知らなくてはならない。
正面から戦っても、勝てない相手がいることに。
「ですが、これだけは覚えておいて下さい」
「⋯⋯?」
「俺は、鬼灯先輩の仲間です」
彼女も、俺が異能者であることには気付いている。
そして、今、手に触れたことで分かっただろう。
「⋯⋯⋯貴方、名前は?」
「⋯⋯まだ、名乗るような者ではありません。いずれ、また」
俺の返事にどこか納得したように背を向け、そのまま振り返ることもなく歩き去る。
それと同時に、梶木が駆け寄ってきた。
「お前、先輩と何話してたんだよ?」
「⋯⋯そうだな」
今の俺は、〈空紅〉ではない。
この感情は、作られたものではない。
きっと、俺自身が、本心から望んだものだ。
「未来の話、かな」
「何だよそれー」
だから、俺は何度でも立ち上がることが出来る。
そう信じて。




