第一章「少年は、涙の下で。少女は、志の下で。」最終話
意識が、覚醒する。
頭が、痛い。
だが、その痛覚が働いていることで、生きていることを実感する。
昨夜、あれほどの強者と、渡り合うことが出来たのだ。その戦いから生き抜いたことは、何よりも、自身を成長させる、糧となるはずだ。
⋯⋯強者?
昨夜、私は、家にいて⋯⋯そして、どこかに――。
「っ!」
頭が、痛い。
先程よりも、格段に。
吐き気とともに押し寄せるそれに、意識が暗転しそうになる。
それでも、私は、考えることをやめなかった。
「⋯⋯思い出せない」
昨夜、私は家にいて、少し身体を動かして、そのまま寝たはずだ。
いや、そうでないと、おかしい。
「⋯⋯今日も、学校」
あそこに、私より強い存在はいない。
異能者だとしても、能力が使えない私よりも、強い存在がいない。
いるのは、有象無象の弱い群衆と、そこに君臨する、傲慢な暴君だけ。
憂鬱だ。
せめて、私より強い存在が、彼女に勝るだけの存在がいれば、この退屈さも少しは和らぐというのに。
私は、何としても、届かなくてはならない。
私が、私であるために。
彼女を、超えるために。
私を、見つけるために。
「聖女様!おはようございます!」
「今日もなんと美しい姿⋯⋯!」
「結婚して下さい!」
「はぁ!?あんた如きが、聖女様に釣り合うものですか!」
「あ、あの⋯⋯皆さん、落ち着いて下さい?」
私は、日々沢山の人に囲まれている。
それは、大変嬉しいことだ。
でも、彼女たちは、本当の私を見ているわけではない。
日高雫。
彼女たちが描いている私は、聖女としての私。
日高という権力のもとで、本当の自分を隠した、高貴なる聖女。
もちろん、全てが偽りだとは、自分でも思わない。
女王でも、女傑でも、女帝でもないのは、私が、こういう臆病な性格だからだろう。
姫と呼ばれていた時もあったが、今ではこちらの呼び方の方が定着している。
それでも、私は、今のこの環境に満足しているのだろうか?
私が言うのもおかしいかもしれない。それこそ、傲慢だと言われるかもしれない。
だけど、私は、彼らが羨ましかった。彼が、羨ましかった。
「⋯⋯また、会えるでしょうか?」
彼は、あの人とは違う。
私に道を示してくださったあの人は、もっと恐ろしかった。
そして、もっと、悲しそうだった。
彼は、私と同じだ。いや、私以上、と言っても過言ではない。
「⋯⋯いつか、私も――」
「会えるんじゃないか?」
「え?」
振り向くと、あの人がいた。
学校の屋上に相応しくない、黒い外套の男性。
鈍く輝く仮面をつけた、あの人。
「また、会えるんじゃないか?お前が、そう望むなら」
その奥から覗く目は、悲壮と自愛に満ちている。
「⋯⋯そう、でしょうか?」
「なら1つ、俺のアドバイスだ」
ニヤリと嗤い、こちらに背を向ける。
「俺は、お前のことが好きだ」
「⋯⋯⋯ふぇっ!?」
「お前の、その人間性が、な。それは、決して間違いじゃない。お前は、自分の良心に従い続けろ。迷わなければ、きっと辿り着ける」
「⋯⋯辿り、着けるでしょうか?」
「辿り着かせてやるさ、必ず」
だからと、彼は一呼吸置いてから、囁くように、風に声を靡かせた。
「お前は、世界を見続けなくても良い。自分がやりたいようにやれ。俺達は、お前の判断を信じる」
誰しも、幻想を抱く。
それは、私も同じだった。
でも、これだけは言える。
この世界は、幻想じゃない。現実は、幻想じゃない。
だからこそ、私は、その道の行く先まで、辿り着いて見せる。
「凪様、お加減は如何でしょうか?」
「ああ、心配かけたな」
昼過ぎ。
私は、目を覚ました凪様の介護をしていた。
あれから、度々頭痛に悩まされていたみたいだが、今の様態はかなり安定している。
「今日はもう、お休み下さい」
昨夜、いつも通りの過ごし方をしただけなのだが、何か異常が生じていたらしい。
それに気付けないのは、私のミスだ。
「だが⋯⋯」
「そろそろ昼食をお持ちいたします。しばし、お待ち下さい」
何故か、その場にいるのが気まずくて、そそくさと台所へと向かう。
「凪様、申し訳ございません」
恐らく、何かがあった。
ただ、何も覚えていない。
それでも、何かがあった根拠があった。
無意識に、右肩を擦る。
今朝起きてから、ずっと腫れているのだ。
だから、私が覚えていないだけで、何かがあったのではないかと、つい疑ってしまう。
その過程で、凪様が私に負担をかけないように、私を騙しているのではないか、と。
そうすれば、説明はつく。
恐らく、そこで、私が知らない、何かが凪様を襲い、心身に多大な損傷を与えたのではないだろうか?
だとすれば、私は、何のためにここにいるのだろうか?
その答えを見失ったまま、食事を運び込む。
「ありがとな、美夢」
凪様のその、どこか苦しそうに笑う表情が、私の心を追い詰めていった。
耐えきれなくなり、そのまま再び退出する。
だが、そこに言葉はない。
「すみません、凪様⋯⋯ごめんなさい⋯⋯⋯ごめんなさい」
ドアにもたれ掛かり、私は、静かに呟き続けた。
「⋯⋯最低だな、俺」
美夢の嗚咽を聞いて、俺は静かに笑う。
そこには、怒りも、悲しみもない。
あるとすれば、無力感と、1つの目標だけだった。
だが、その目標に辿り着くことは、恐らくないだろう。
俺に、そこまでの力がないから。
「⋯⋯本当に、最低だ」
年下の女の子を泣かせてしまった。
それだけ、俺が負担を掛けてしまっていたのだろう。
思えば、俺が学校への転入を押し付けたのに、その大切な日に、美夢を巻き込んで、休んでしまう。
本当に、最低だ。
「⋯⋯やっぱり、1人の方が気楽で済む」
仲間がいれば、守りきれないから。
必ず、犠牲が必要な時、1人だけなら、何の気なしに戦い続けることが出来る。
自分の身だけなら、守る必要もない。
「⋯⋯ほんと、最低だ」
このままでは、あの頃のままだ。
でも、どうしたらいいのか、分からない。
どうすれば、彼女が泣かなくてすむのか、分からない。
あの時、どうすれば、隊長が助かったのかなんて、分からない。
このままでは、もう一度失ってしまう。答えがない世界で、失い続けてしまう。
「⋯⋯俺は、無力だ」
何も変えられない。
俺に、それだけの、権力も、力も、知能すらも、ない。
ただ、壊れるまで戦い続けるだけの、戦闘用兵器。
でも、1つだけ言える。これは、間違ってない。
異能者は、兵器でも何でもない。
普通よりも力があるだけの、普通の人間だ。
運動神経が高いとか、頭が良いとか、何か才能があるのと同じ。普通の人間なんだ。
その時、俺の目にある物が止まる。
「⋯⋯ギター?」
いつぶりだろうか?
恐らく、あの時より、もっと前の⋯⋯。
そんな事を考えながら、無意識にギターを抱える。
「⋯⋯弾けるか?」
根拠なんてない。そんなもの、衝動の前には何の意味もない。
だが、俺は、進み続ける。
そして、いつか分かるだろう。
俺の道が、本当に正しかったのかどうか。
今だけは、温もりに包まれながら、静かに瞼を閉じた。
次に目を開く時、そこに希望があると信じて。
はい、第一章、完結となります。
ただし、JOはまだまだ終わりません。これはまだ、序章に過ぎません。
そして、ここからが、作者からの後書きとなります。
まず皆さん、ここまで読んでくださり、誠にありがとうございます。
この話は、ある事実を元に、脚色を加えることで構成されている物語となっています。
とはいえ、読者様方には、そのことを考えて頂く必要はない、そう考えています。理由は簡単、そこまで深い話ではないからです。物語なんて、自分の趣味趣向に合わなければ、読まなくなってしまいます。
それと同じ。
悲劇なんて、他者に同情させるためのものではありません。当事者以外には、悲しまれたくない。
なので、どうか、これからも、この物語を、悲しいで終わらせないで下さい。
まあ、今のところ、主人公が結構なクズになってしまって、悲しいということはありませんが。
次は、第二章。
赤き獣が地を駆ける時、神なる使いが、舞い降りる。
そして、柊凪と、日高雫、鬼灯絢愛たちの道は、どのように交わっていくのか。
次章、「衝動は、その身を焦がす」でお会いしましょう。お疲れ様でした。




