第一章「少年は、涙の下で。少女は、志の下で。」17話
英雄たちの道は、厳しく、険しい。
そして、その英雄同士がぶつかり合うことだってある。
だが、今がその時ではない。
彼女は今、動ける状況にない。
ならば、俺が動くしかない。
張り詰めたさっきの中、1人の少女を中心に、戦闘は展開されていた。
大太刀を振るう速度は先程よりも速く、短刀と剣が振るわれる速度は、先程よりも遅い。
2対1とい状況下でも、依然として劣勢なままだった。
「私より弱い奴が!ほざくな!」
その斬撃は壁にまで及び、嬉々として命を狩ろうと空を疾走る。
だが、その剣戟は全てギリギリで肉を斬り裂くには至らなかった。
「⋯⋯はぁはぁはぁ⋯⋯クソがっ」
それも、長くは続かない。
連撃は、獲物の命を少しずつ削り続け、その核へと猛進し続ける。
そして――
「ッ!?」
雷鳴が鳴り響き、雨が降る。
だが、空には雲1つない。そして、星空を見ることも出来ない。
その瞬間から、空に光が消えた。
空を奔り続ける稲妻だけが、この世界の光となり続けている。
そして次の瞬間、全ての光が、文字通り周囲から消え失せた。
「鎮まれ」
聞き馴染みのない言葉とともに、エネルギーが集約していき、そして、一気に解放された。
その波動はまるで、世界を焼き払う劫火のように広がっていき、戦場全体を飲み込む。
声の主は、姿が見えなかった。
いや、見えているはずなのに、見ることが出来ない、とでも言うべきか。
工場の天井をぶち破り、見えない者は降臨する。
再び、雷鳴が轟いた。
束の間の静寂。
その静寂は、刃でも、弾丸でもなく、支配者の言葉によって破られた。
「跪け」
再び、圧倒的な力の奔流が、3人を呑み込む。
それは、ある1つの感情を芽生えさせるだけの、質量を伴わない波。
そして、それ故に防ぐことが出来ず、拒む術がない、恐怖の絶叫。
全身から力が抜ける。
3人はそれぞれの得物を地面に落とし、完全に脱力した。
そこに、抵抗するだけの余力は残されていない。
「―――じゃあな、英雄」
気がつくと、夜が明けていた。
窓を見上げれば、太陽が昇っている最中なのが分かる。
慌てて周囲を見渡すが、そこには誰の姿もない。変わらず、自分の部屋が広がっているだけだ。
「⋯⋯⋯は?」
どこか、記憶に違和感を覚える。
俺は確かに、昨日、調査をしていた。
そして――。
次の瞬間、俺の視界が急激に揺らいだ。
立つこともままならず、床に手をつき、息を整えようとする。
そこに追い打ちをかけるように、激しい頭痛が襲ってきた。
たまらず、叫び、掻き毟り、少しでも痛みから逃れようと、身体を捩る。
「凪様、ご無事ですかっ!?」
声と物音を聞いて駆けつけたのだろう。美夢が扉を開けて、部屋の中に突入してきた。
そして、蹲る俺を発見したのだろう。
慌てて駆け寄ってきて、俺の背中を擦ってくれた。
「⋯⋯落ち着きましたか?凪様」
どれほどの時間が経ったのだろう。
当に時計の針は巳の刻を過ぎ、美夢が制服を着ていることから、学校はもう既に始まっていることが分かった。
⋯⋯いや、少し待てよ。
「今日、何日だ?」
「?5月23日の月曜日です」
「月曜日っ!?」
この時の俺の頭には、先程の苦痛なんてものはなく、ただただ、今日が月曜日なことに驚愕していた。
「はい。月曜日です」
今日のこの日、それは、美夢が転入する当日だったはずだ。
彼女も制服を着ているし、嘘をつくような性格でもないので、本当なのだろう。
何より、昨日は――
「っ!?」
再び意識が薄れ、地面に倒れ込む。
苦しみから解放されようと、喘ぎ、足掻き、藻掻く。
「凪様、大丈夫ですかっ!?」
再び暴れる俺を宥めようとする美夢。
俺は、その必死そうな顔を見ながら、暗闇に落ちた。




