第一章「少年は、涙の下で。少女は、志の下で。」15話
「今日も、収穫なし、か」
「当たり前です。どの拠点も、既にもぬけの殻なのですから」
あれから数日。
あの日訪れた廃ビルには、不気味なほど気配がなく、案の定、無人だった。
そして、今日も今日とて、この廃工場でも何の収穫がない日々が続いていた。
そこが拠点だという根拠こそ薄いが、手当たり次第捜索している割には、誰ひとり居ないのも不気味である。
反社や犯罪組織が巣食う場所は、あらかた全部探りを入れた。
その全てで、彼らがいた痕跡さえも発見することが出来なかったのだ。
これは、俺達が素人だからではない。
〈武天鷺〉に所属している隊員である以上、1人で大抵の任務をこなせるように、暗殺や鎮圧などの戦闘技術、諜報と追跡などの調査、護衛や救出、撤退などの要人を警護する際の技術など、数多の技術を習得している必要がある。
そして、美夢⋯⋯〈悠幻〉が所属する第六番隊隠密部隊、通称〈黒幕〉は、諜報技術はもちろん、闇討ちや奪取などの、相手に気付かれずに潜伏する能力は、他の部隊を遥かに上回っているのは間違いない上に、彼女のコードネームの由来である、表面上だけでは計り知れない悠久の幻は、相手にバレないことを象徴するものだ。
〈景牢〉の直属の部下ということもあり、その潜入技術は、並大抵の人間が看破できるものではないはずだ。
「どっからか、情報が漏れてた可能性も否定できないが⋯⋯」
「〈空紅〉様、それはないと思いますよ?」
「⋯⋯何故?」
えらくあっさりと否定されたので、思わず眉をひそめる。
「〈空紅〉様は、私にすら行き先を教えてくださいません。その上、〈空紅〉様自身、行く先は直前に決めているようでしたし。誰かに漏れることは、ほとんどないのではないでしょうか?」
計画性がないと言われていることはスルーして、周囲に目を配る。
彼女、辛辣というか何というか。
「なら、後は――」
こちらの情報が筒抜けなのは間違いないだろう。
だが、先手を打っているわけではないみたいだ。
ならば、残されているのは
「監視されている」
「⋯⋯そうなります」
それも、肉眼で、ではない。
肉眼で俺達を――いや、俺を監視するのは、不可能だ。
なら、残されているのは、俺の“ノヴァ”を観察している。それしか、可能性としてはありえない。
そして、そこまで相手に情報が筒抜けなら、どうしてくるか?
「警戒しろ、〈悠幻〉」
廃工場とはいえ、完全に封鎖されているわけではない。
恐らく、入ろうと思えば誰でも可能だ。
そんな場所に、おびき出された。それはつまり、罠。
「すぅ⋯⋯はぁ⋯⋯」
目を瞑り、音に意識を集中させる。
聞こえるのは、自身の息遣いと、美夢の息遣い、そして、物陰で息を殺してこちらを伺う人物の、鼓動。
「⋯⋯どうした、来ないのか?」
なので、敢えて無防備を晒しつつ、相手に背後を取らせる。
だが、耳は澄ませたままだ。
距離こそあるが、この場合、相手は異能者である可能性が高い。なら、質量を伴った攻撃が死角から来る可能性も、当然ある。
だが、質量を伴っているのであれば、俺には分かる。そして、捉え、遮り、狩ることができる。
だから、まだ、焦る必要がない。
例え、その気配の主が、どれほど強かろうとも。
「⋯⋯バレてるなら、隠れる必要⋯ない」
ハスキーな、同年代ぐらいの少女の声。
感情が削ぎ落とし、それでいて意志に満ち溢れている、戦士の声。
だが、こちらの住民ではない、光の世界で虐げられた者。
「〈空紅〉様、来ますよ」
「ああ、分かっている」
不意打ちはなし。
ならば、負けることはない。
「⋯⋯貴方達、この場所で、何をしてた?」
「それは、こちらも同じです。貴方こそ、何をされていたのですか?」
「⋯⋯それは」
しばらく、沈黙が続き、〈悠幻〉が口を開いた。
「答えられないようですね」
「⋯⋯ごめん」
何故謝っているのかはともかくとして、俺は追撃をする。
「狙いは何だ?俺達か?そうでないなら――」
「⋯⋯多分、貴方達」
「⋯⋯何ですか、多分って」
俺が口を開くより先に、〈悠幻〉が疑問を浮かべる。
その至極真っ当な問いかけは、再び彼女を黙らせるに達したらしい。
しばらく、先ほどと同じ沈黙が流れる。
だが、空気はまるで違う。
困惑と、殺気に満ち、誰もいないはずの廃工場で、緊張が高まっていく。
「悪いが、俺達はそんな暇じゃないんだ。用があるなら、出直してくれ」
だが、今までの応答で、俺は何となく、彼女の正体には至らなかったが、おおよその予想をつけることが出来た。
大前提として、彼女は、〈黒狐〉の手下でも、反社会勢力でもない。恐らく、ただの一般人。
そしてその上、俺達の正体に気付いてはいないのだろう。
だから。だからこそ――
「⋯⋯でも、貴方達は、絶対に仕留めないといけない⋯⋯そんな気がする」
大太刀の刃が向けられることを、予想出来なかった。




