第一章「少年は、涙の下で。少女は、志の下で。」13話
「お嬢様、お時間よろしいでしょうか?」
「⋯⋯?はい、何でしょうか――」
私は、背後に立っているであろうお祖父様の部下へ振り返る。
そこには、いつも通り、サングラスを掛けた私の専属の護衛の姿があった。
「旦那様がお呼びです」
「お父様が?」
何の話だろうか?
やはり、許婚の――
「お嬢様!」
「きゃっ――」
急に、押し倒されてしまった。
「何をするのですか――」
突如として、銃声が鳴り響く。
そして、何か、錆びた鉄のような匂いも。
「チッ、外したか」
もう一発鳴り響く音。
直後、何が起こっているのか、私は理解した。
眼の前の、血溜まりとともに。
「椎名さん!椎名さん!」
どうやら、胸を撃たれたらしい。
止めどなく溢れ、シャツを赤く染めていくのを、何とかして止めようとするが、地面には、赤い池が完成し始めていた。
「はい、任務完了。おい、嬢ちゃん、動くな」
「椎名さん!しっかりして下さい!」
「―――」
何か、言っている。
その声を聞き取ろうと、私が耳を傾けた時。
腹に、衝撃を感じた。
そして、鈍い痛みと、中に浮かぶ浮遊感を覚え、そのまま、壁に衝突した。
「動くなっつったよな?なんで守れないわけ?」
「うっ⋯⋯かはっ!?」
「ねぇ、なんで逃げようとすんの?動くなって言ってんじゃん」
その場から這って逃げようとした私を、今度は踏みつける。
ギリギリと背中の骨は軋み、呼吸をするのさえやっとだ。
「次破ったら――殺すよ?」
「っ!?」
死。
それは、自分とは無縁だと思っていた。
ニュースで殺人だとか、事故だとか、人が何人も死んでいることは知っている。
ただ、知っているだけだ。
別に、彼らがどうなっていようと、そこまで関心はなかったし、自分には関係ないことだと割り切っていた。
だが、いざ自分の前になればどうだ。
何も出来ず、ただ逃げようとするだけ。ただ、死にたくないと思う一心で、脅威へと背を向けようとする。
別に、おかしなことではないだろう。
育ちとか環境に拘らず、誰でも同じだ。
誰しも、生きたいという本能があるのだから。
「そっ、大人しくしておいてね。従順な子、好きだよ?」
頭上で、何かを取り出している音が聞こえる。
恐らく、私の自由を封じるもの。目的は、誘拐だ。
「さて、動かないでね?暴れたら、痛い目に遭うよ?痛いの、嫌いでしょ?」
そして、手を後ろで組まされ、そこに手錠が掛けられる。
「はい、これで逃げられない。じゃあ、そのままじっとしてて?大丈夫、酷い目には遭わせないから」
そう言いながら、私の顔の横に、瓶を置いた。
何かを取り出した後の空き瓶のようだが、その中に入っていたであろう物は、私でも想像できる。
「いやっ!やめっ――」
「おい!抵抗すんな!」
何度も蹴られる。何度も踏まれる。
心を、折られていく。
だから。
その時に現れた彼を。
私は忘れないのだろう。
「動くな、覆面」
「なっ!?おい、お前、誰だ!」
「動くな、そういった筈だが」
黒い外套を纏い、窓の側でこちらを見る瞳。
その手には、黒光りする拳銃が握られていた。ただ、トリガーに指は掛けられておらず、対して狙う気もないことが見て取れる。
それは、この覆面誘拐犯も同じだったのだろう。
それを見るなり、自身の拳銃を構え、私を抱き起こした。
「おい!この女がどうなっても良いのか?」
「⋯⋯⋯」
「はっ!大方、護衛でも頼まれてんだろ?残念だったな!こいつが俺の手元にある限り――」
銃声が、その声を掻き消す。
ただし、放たれたのは、眼の前の男性からではなかった。
「〈空紅〉、手こずりすぎよ。もう少し、スマートに戦えないのかしら?」
扉から現れた、1人の女性。
こちらも同様の服装だが、雰囲気はまるで違う。
この人の方が――怖い。
「⋯⋯⋯別に、あんたが来てるんだったら、時間を稼いでもいいだろ」
「へぇ?まあ、そういうことにしておいてあげます。⋯⋯それにしても、貴方が短刀以外を使うところなんて、初めて見ました」
「そんなことはない。銅丸以外にも、使うことぐらいある」
「ですが、飛び道具、嫌いではありませんでしたか?そんな小癪な戦い方、身の丈に合わないーって」
「あのなぁ⋯⋯そりゃ、俺の力は――っと、無駄話がすぎる。〈魄雷〉、対象はどうする?」
対象、というのは恐らく、私のことだろう。
彼らは、私を助けに来たのだ。
誰かが――いや、きっとお祖父様が呼んでくださったに違いない。
「安全な場所に避難させなさい。それが、貴方の今回の任務です」
「なら、やり遂げたら、〈悠幻〉の件、飲んでくれるんだろうな?」
「それはもちろん。私としても、却下するメリットはありませんし」
会話が終わったのだろう。
女性はこちらに興味を失ったかのように、そそくさと来た道を引き返していった。
残されたのは、未だに銃を構えている男性のみ。
先程から一歩も動いていないようで、その月明かりの下で、じっとこちらを見つめていた。
「あ、あの」
「⋯⋯⋯何だ?」
「お名前は――」
「⋯⋯知ってどうする?」
「え?」
「知ってどうする、そう聞いている」
回答から分かった。
明らかに、こちらを拒絶している。詮索はするな、ということらしい。
先程の会話を聞く限り、会話自体をあまり好まないのだろう。
「今拘束具を取る。じっとしていろ」
そう言って、私の背後へと回り、手錠を外す。
その時初めて、彼の顔を見ることが出来た。
端正と言われれば端正だが、平凡と言われればそれまで。
だが、その頬は、赤く染まっていた。
羞恥や興奮によってというわけではない。文字通り、血に濡れていた。
その、感情という感情が全て削ぎ落とされた顔を見て、私は気付いてしまった。
彼もまた、私と同じなのだと。
「ありがとうございます、助けていただいて」
「⋯⋯別に、俺は何もしてない。ただ、言われた通り、来ただけだ」
それでも、あのタイミングで現れなければ、少しは結末が変わっていたのかもしれない。
「歩けるか?」
「え、えぇ⋯⋯あ!椎名さん!大丈夫ですか!?」
自分も巻き込まれており、すっかり意識から抜けていた。
私が幼い頃から、ずっと見守り続けてくれた、お父様の友人であり、私の護衛。
その彼は、血溜まりの中で微動だにしていなかった。
「あ、あの!椎名さんを、助けていただけませんか!?応急処置だけで構いません!少しの時間でも死ななければ、後はこちらで――」
「無理だ」
「―――え?」
「もう、手遅れだ」
その無力感を抑えた声音には、どこか、怒りも感じられた。
「彼はもう、この世にいない」
「で、でも!先程まで、生きていました!まだ、助かるかもしれないじゃないですか!」
「⋯⋯もう、手遅れなんだよ。全部」
そう言って、椎名さんへと彼は近づいていく。
「傷の受けどころが悪かった。あともう少し左なら、助かったかもしれない」
もう少し、左。
つまり、もう少し早く、私を押し倒していれば。
私が、少しでも抵抗しなければ。
いや。
私さえ、いなければ。
彼は、助かっていた。
「あ⋯⋯」
腑に落ちた。
私の、せいなんだって。
私は、こうなって当然なんだって。
私が、いなければ良いんだって。
私が―――
パンッ!
音と同時に、私の視界は横へと流れた。
「―――え」
目を白黒させていると、もう1度、今度は逆へと視界が流れる。
「なん、で⋯⋯?」
「お前が⋯⋯弱いからだ」
「よわ、い⋯⋯?私が、弱いから⋯⋯?」
「弱いから、守れなかった。当然のことだ。守りたいから、強くなる。今のお前はただ――」
彼は俯き、絞り出すように言葉を発する。
「自己犠牲へと逃げようとする、愚か者だ」
そして、私の背後へと回り、首元に手を当てた。
「力なき者は、虐げられるだけだ」
その言葉を最後に、私の意識は闇へと沈んでいった。
初めての後書きとなるんですけど、まず1つ。
なんかリョナ回みたいになりましたが、決してそういうのが目的というわけではございません。
ただ、こういう暴力や人が亡くなることは、今後多くなってくると思いますので、嫌な人は目を背けて下さい。私達自身も、あまり直接的な表現はできる限り避けるよう努力いたしますので、ご理解の程、よろしくお願いします。
一章も残り僅か、というところまで来ております。
章の最後には、必ず何らかの情報を掲載しようと思いますので、まとめとしてお使い下さい。
というわけで、凪は今後どのようにして生活をしていき、任務はどうなってしまうのか。
そして、どうなっていくのか。
この世界の行く先を、どうか最後まで見届けて下さい




