第一章「少年は、涙の下で。少女は、志の下で。」12話
「おっ、凪!⋯⋯随分遅かったな?」
「⋯⋯すまない」
彼らのもとに到着した時既に、梶木は荷物持ちとして大いに活躍していた。
「謝罪はいい。行動で示せ。半分以上、お前の妹さんのなんだぞ」
「分かった分かった、そう怒るな」
別に、こうやって拗ねるのも無理はないだろう。
だが、こちらにも事情はある。
なんせ、血だらけの服で、彼らの前に姿を表すわけには行かないだろうから。一度帰宅して、着替えて戻ってきたのだ。急いだとはいえ、時間がかかってしまうのも無理はないはずだろう。
「あれ、柊さん。もう夏ですよ?コート、暑くないんですか?」
「⋯⋯別に、暑くない」
「⋯⋯凪、お前さっきまで、コート着てたか?」
「さっきもらった。邪魔だから着てるだけだ」
これも、俺の作戦だ。
着替えてしまったということは、当然、同じ服ではない。それでは、今のように怪しまれてしまうだろう。
もちろん、似たような服は何着があるが、それに気付かれる可能性も考慮すれば、こうやって隠したほうが、手っ取り早い。
それに、武装することも可能なのだ。完全に、利点しかない。
「で、どこまで買ったんだ?」
これ以上会話を長引かせると面倒なので、本題に戻す。
俺が離れてから、既に1時間近い。
当然、ほとんどのものは買っていると思っているが、一応聞いておく。
「美夢ちゃんの洋服と靴、それに化粧品とか、その他諸々⋯⋯あ、もちろん、下着も買いましたよ?」
「おかげで、俺が大変いたたまれない気持ちになったんだ。謝れ」
「いや、さっき、謝罪はいいって⋯⋯」
「謝れ」
「⋯⋯⋯⋯すまなかった」
「分かればよろしい」
2回も謝る羽目になった。何故だ。
「私たちも結構服買ったし、そろそろ帰ろーっ!って感じだったんですけど、柊さん、他に何か買うものありましたか?」
「あー、そうだな⋯⋯ついでに、夕食も買って帰れれば、とは思ってはいるが」
「ならなら、私たちもついて行って良いですか!?」
「⋯⋯⋯それは」
「こーら、夕菜」
「分かった、分かったってば、マサくん!あ、引っ張らないで!?」
「「⋯⋯⋯」」
空気を読んでくれたのだとは思うが、どうにも既視感が拭えない。
そんな退場を尻目に、美夢が耳元に顔を近づけてきた。
「(凪様、先程は――)」
「(問題ない。怪我1つないさ)」
「(ですが、凪様。靴が――)」
「靴?」
思わず、足元に目をやる。
黒を基調とした、質素なゴム製の運動靴。
それの至る所がすり減り、ところどころ足が露出しかけている。もちろん、靴下のおかげで、分からないが。
この様子では恐らく、靴裏は血が固まっているだろう。
よく足跡がつかないものだと、己の技量を褒めてやりたい。
「これは⋯⋯流石にまずいな」
この消耗は、分かっていたことだ。
あの場で、アレを相手に戦うとなると、アレを使わざるを得ない。
しかし、そこまで頭が回っていなかったのだろう。これでは、失格である。
「(ちゃんと行動用だったら、損傷はなかったんだぞ?これは、俺のミスだ)」
「(ですが、足を痛めている可能性もあります。今日のところは、お帰りいただいた方が――)」
「(いや、買い物は?)」
「(私がやりますので)」
「(⋯⋯護衛は?)」
「(それ、は⋯⋯)」
我ながら、ひどいことをしていると思う。
相手の善意を、建前を理由に押しのけるのだ。最低だ。
「とにかく、さっさと行くぞ。大丈夫だから」
「⋯⋯分かり、ました」
我ながら本当に最低だが、彼女の様子を見るには、これしかない。
「そういえば」
買い物をしながら、話を振る。
「⋯⋯何でしょうか?」
「学校、行かないのか?」
「っ!?⋯⋯いえ、私には――」
「どうせ、平日ずっと暇になるだろ?」
「⋯⋯任務もありますので」
「え、あるのか?」
「⋯⋯一応は」
なるほど。
先程の俺みたいに、突如として任務を振られることはあるらしい。
違う任務についている場合は、優先権を行使してくれても良いのだが。
「なら、なかったら行くのか?」
「―――え?」
「いや、仕事があるから、登校しないんだろ?だったら、仕事がなかったら、行くのか?」
「それ、は⋯⋯」
やはり、彼女は自分のこととなると、自重してしまいがちなのだろう。
他人の心配ばかりして、自分の心配は、何一つしていない。
そんな環境で育ってしまったのが原因だろうが、それは人として生きるのに、少し欠損している気がする。
「本音を聞きたい。お前は、どうしたい?」
学校。
俺自身も、中学まで行ってなかった。
だから、コミュニケーション能力が欠陥していることだって、理解している。
だが、それがこれから先、ずっと続いていけば、どうだ?
そんなことすれば、未来はない。
戦うことだけを義務付けられた、兵士と化してしまう。
それだけは、避けなければならない。
彼女には、未来がある。
真っ当に生きることが出来れば、今頃平和で幸せな日々を送っていたに違いない。
家族と喧嘩して、友人と談笑して、恋人と甘いひとときを過ごすことだって、出来たかもしれない。
でも、そんなことは許されなかった。
なら、せめて、元の暮らしを、真っ当な生き方を、教えてあげるべきではないだろうか?
もちろん、余計なお世話だってことは分かっている。自己満足なだけかもしれない。
それでも、彼女には、彼女の生き方がある。
それは、きっとこの世界ではない。
こんな世界が、正しいわけがない。
「私、は――」
全ては、虚無へと紡がれる。
そして、また初めから紡がれる。
その時が永遠でも、私は、いつまでも。




