第一章「少年は、涙の下で。少女は、志の下で。」11話
「ったく、硬すぎんだろ⋯⋯」
既に、発見から数分。
未だ、その巨体は揺るがない。
シャベル、ハンマー、鎌、バール。使えるものは、全て使った。
それでも、奴に致命傷を与えるには至らなかった。
手元に残るは、先端が少し曲がった、頼りない鉄杭のみ。
当然、そんなものが致命傷になることは、ほとんどないだろう。
例外を除いて。
「グゥアアアア゙ア゙ア゙!」
“ノヴァ”を伴う、殺意の咆哮。
その威圧感と、吹き荒れる殺意は、もう正気でないという証に他ならない。
そして、それは、救いを求める声でもあった。
「今、楽にしてやる」
相手の目を見つめながら、そう呟く。
風は、泣いていた。
「お疲れ様、〈空紅〉」
「⋯⋯見てたんなら、少しは協力しろ」
「いやいや、なんで俺が見てるって」
「デパートの立体駐車場、3階の白のワゴン車。ナンバーは――」
「ああ、もう分かった。分かったから、言わなくていいぞ?」
連絡を取る俺の前には、鉄杭で心臓を貫かれた、無惨な熊の死体があった。
その大きな腕は見事に1本切り落とされ、胴体にも、無数の小さな風穴が空いている。
「そういえば、なんで俺に頼んだんだ?俺の専門は、対人なんだが」
「その割に、汎用性が高いのが、我らが副隊長様なんだよなー?」
通話の相手は、〈武天鷺〉の精鋭の1人、〈矛品〉。
交流は深く、俺と〈熾燕〉を繋ぐ連絡役としての役割が与えられている、棒術の達人。
長柄の得物の扱いに関しては、右に出るものはいないだろう。それほど、群を抜いて強い異能者。
いかにも歴戦の猛者といった風貌をしており、その右目は、もう2度と光を見ることはないらしい。
「俺を呼んだってことは、何か理由があってのことだろ?お前1人じゃ、太刀打ちできない、何かが――」
「伏せろ!」
咄嗟に、体勢を落とし、地に伏す。
直後、俺が先程までいた空間を、赤黒い何かが横を薙いだ。
そして、血腥い悪臭が、つんと鼻を刺激する。
「何が――」
「とっとと逃げ――!」
その行動は、生存本能が選んだ運命だった。
身を捩り、横に転がり、体勢を起こす。
そして、後ろにいた何かと距離を取った。
顔を上げたときには、既に手元にスマホはなく、その何かの爪によって貫かれて、通話が終了していた。
「⋯⋯化物が」
再び左腕を振り下ろしてきた何かに対して、俺は更に距離を取る。
人間相手なら、そこまで警戒する必要はないだろう。
ただ、今回の敵は、獣だ。その上、明らかに普通じゃない。
一度殺されて、心臓を貫かれてなお、本能に身を焦がすのは、常軌を逸していた。
「実験体、か」
それが、“ノヴァ”が恐ろしい理由であり、人間の醜さを象徴する1つ。
そして、焦岩熊のような“ノヴァ”に蝕まれた生物が、悲劇に合う根拠でもあった。
「焦岩熊⋯⋯いや、亡霊」
1度死んで復活した実験体を、普通に殺すことは絶対にできない。
細胞は活性化し、皮膚は硬化し、神経は鋭敏になっていく。
炎で完全に燃やすことが一種の殺し方とも言えるのだが、生憎、その殺し方はこいつと相性が悪い。なにせ、焦岩の称号を得ている熊だ。元より、炎への耐性は、非常に高いものとなっている。
なら、どうするか。
完全に殺せば、復活はしない。
このゾンビ化は、“ノヴァ”を多く吸収しすぎたことによる弊害だ。
詳しい研究は進行中だが、そこに自我がないことは確かだろう。
「これより、狩りを始める」
ある人物は、こう語る。
彼は、人間ではない。
もう既に、その域にない。
誰もが届かぬ、遥か高みまで、その足を進めてしまった。
だから、この世界の生物では、全力の彼を止めることは出来ない。
例え、亡霊であろうとも。
「終わりだ、亡霊」
相手の背中にしがみつき、思いっきり、頭蓋に鉄杭を突き刺す。
そこに、迷いはない。
ただ、鎮めるために、刹那の一閃を叩き込む。
「安らかに眠れ」




