47.キリーナ1(ライゾン目線)
「ライゾン様は昨日も深酒をしたから今朝はフルーツだけ。ぶどうが出回るなんてもうすっかり秋ね。うん、甘い。シャーロット、私はこの洋ナシをヨーグルトと食べたいわ。お願い」
キリーナの口がぱくぱく動く。屋敷でこんな平穏な朝を過ごしているなんて信じられない。キリーナが戻るまではずっと胃がキリキリしていた。
「ライゾン様、お迎えの馬車が来ております」
スティーブから声がかかる。
「わかった」
「もう行くの? じゃあこのぶどうは私が責任をもって食べるわね」
うちに戻って来たキリーナは以前と同じように笑う。まるで子どもだ。実際に子どもだけど。
「ああ、頼むよ。いってきます」
こちらも子ども扱いをして頭を撫でてしまう。
「いってらっしゃい」
と今日は見送りなしでぶどうに手を伸ばした。
キリーナを解放してくれた王子には感謝している。すぐに別の女の子を送りたかったが、令嬢もどきは簡単には見つからない。と思っていたら運よく婚約破棄された貴族の令嬢が見つかって、彼女も納得して隣国へ行ってくれた。彼女としても王妃として生きられる人生のほうがいいに決まっている。
運がいいのは昔からだ。捕まらないのは国の仕事を請け負っているから。裏家業のおかげで表の仕事も順調。今日は大量の奴隷が集まった。
「移民のようです」
秘書のフランクは数ヶ国語話せる。
「じゃあ読み書き教えて、どこでも働けるように」
これだけいれば400万ヌボールくらいになるだろうか。人の命をお金に換算しているのではない。労働力である。
「もう力仕事で数名買い手がついています」
「そうか」
キリーナくらいの年齢の女の子も檻の中にいる。全員を助けられるほどの力はないんだ。ごめん。
奴隷の中には家族もいるようだった。なんとか離れ離れにならぬよう大きな屋敷の使用人に夫婦でなれるよう教育せねば。
その教育施設がいっぱいだとフランクが泣きつく。
「どこか教室になるような建物を借りられないか?」
郊外ではまた逃げる輩がいるだろう。彼らのためなのに自由を求めたがる。自由にだって金がかかる。そのために働かなければならない。その理屈を理解しない者もいる。
「手配してみますが宿舎もあったほうがいいですよね」
フランクが頭を抱える。
「先行投資だと思ってくれ」
「かしこまりました」
事務所に戻って書類をまとめる。キリーナと同じ名前の女の子がいた。目の色がグリーンであるところも同じ。髪もブラウン。この子を令嬢に仕立てて隣国に送ればよかっただろうか。まだ7歳。幼いな。キリーナに初めて会ったのもそれくらいだった。子どもなのにきれいな顔をしてボロを着ているのに色香をまとっていた。
「社長、どうぞ」
フランクがコーヒーに酒を加えたものを出してくれる。
「ありがとう」
「仕事が山積みですからね」
キリーナを迎えに隣国へ行っていたことを密かに怒っているようだ。解決策が見つからずに半月以上かかったから。
「すまない」
「まさか社長がキリーナを取り戻しに行くとは思いませんでした」
使い勝手がいいから、家族みたいなものだから。そう言葉にしようとして喉を通らない。自分でもわからないからだ。確かに、あのままのほうがキリーナにとってはよかったかもしれない。裏路地にうずくまっていた女の子が、偽りとはいえいずれは王妃様。あのキリーナが?
キリーナならうまくやれただろう。吸収力と浸透力に優れている。
「情かな」
とようやくフランクに答えた。
「愛情ですか?」
「違う違う」
訂正をしながら、いつもなら次に出てくる言葉が勝手に口をつくのに、今日は違った。しどろもどろになりながら、社長としてフランクに仕事をするように促す。
答えなんて、わからん。
我が家でもキリーナと俺が隣国に行っていた話は執事もメイドもしない。仕事のできる奴らだ。手元に置いておきたい。キリーナもだ。あの王子はどうしてキリーナを簡単に手放せたのだろう。




