45.私の仕事7
てっきりライゾン様は隙を見て帰国するものと思っていた。
「帰らないの? お仕事平気?」
他の仕事は秘書のフランクにお任せなのかしら。でも社長がいつまでも留守にするわけにはいかない。
「ああ」
「新規の案件が来たら? フランク一人で対応できる?」
「ああ」
返事が雑。
「リジー、君に会いたくて勉強を切り上げてきたよ」
ブラッド王子が勢いよくドアを開ける。
「王子、レディの部屋を開ける前にはノックを」
ライゾン様がぴしっと窘める。
「ああ、そうだね。すまない。でも君たちがやましい関係じゃないか僕も確かめないといけないし。さぁリジー、散歩へ行こう。庭へ行くだけだから君はついてこなくていいよ」
王子が私の手を取って歩き出す。
どうすればよかったのだろう。ここに来る途中で令嬢が死んだことにしてしまえば私もライゾン様の元へ戻れた。そうしたら以前のように暮らしていたのだろう。王命だからって、あなたが筋書きをいつも通り決めてくれたらよかったのに。
「あら、ひまわり。うちのところより背が低い。花も小さいのが幾つもついてる。かわいい」
花を愛でているのに、
「リジーのほうがかわいいよ」
の返答がいつになっても私にはわからない。ぞわっとする。ライゾン様ならわかるかしら。
「昨日の夜に飲んだお茶がおいしかったわ」
眠る前に温かいお茶を飲まされる。よく眠れるようにだと思う。
「この時期に取れる野草のお茶だ。苦くて僕はそんなに好きじゃない」
と王子が教えてくれた。
「あの苦さがいいの」
日傘も持ってくれるし、いい人なのだろう。なぜか私の顔には見慣れぬよう。
「今晩もそのお茶にするように言っておく。あ、その草だよ」
と白い花を指差した。
「これですか?」
野花だ。葉を乾燥させて、蒸すらしい。
「早く結婚したいな。そうしたらずっと君とここで暮らせる」
言葉だけは甘い。
「もう結婚することは決まっているのだから互いにゆっくり成長しましょう」
私もその間に決意しなければ。この人とここで、庭をいじりながら生きてゆく。子どもでも生まれればライゾン様を好きなことなんて忘れるのでしょう。子どもにはあなたを好きだった素振りも見せない。
「ほらリジー、お茶だよ。椅子に座ろう」
「はい」
庭には幾つか東屋がある。長椅子だけが置いてある場所もある。
「今日は暑いな」
「うちの国はもっとカラッとしてるわ」
庭は雑草の勢いが凄まじい。
「勝手に生えている花でもきれいだな」
「ふふっ。同じことを思っていましたわ」
同じ種類なのに白やオレンジの花。あっちの花は真っ赤で私と同じくらいの背丈。
「庭師がじいさんだから暑くてさぼってるんだ」
「でも素敵。自然って感じがする」
「君の屋敷はどうだった?」
おっと。気を抜いてはいけない。
「子どもの頃に芝刈りを手伝ったわ」
「へぇ」
王子が驚いた表情を見せる。令嬢はしないのかしら。病気になったのは大人になってからだから病弱な設定ではなかったはず。
その日、王子は長らく私の手を握っていた。手をつなぐことは初めてでもなかった。歩くときに腕を組んだこともあるし。手をつないでいると彼は黙って、私の手を覆う自分の手を眺めているようだった。




