42.私の仕事4
隣国といっても令嬢の屋敷から馬車と船で数時間程。しかもかなりの小国。されどいくつもの国と国境を接しているから地形的に私たちの国にとっては貿易のためになくてはならない。地図で見ると細長く、西の先は海へ続いている。
この国へやって来たばかりの私は周囲の人に甘やかされている。
「リジー様、今日のドレスはこれでよろしいですか?」
服なんてなんでもいい。
「ええ」
てっきり勉強漬けになるのかと思ったが、歴史やマナー、語学と一日にひとつずつ。私が習っていた家庭教師よりも厳しくない。
「詰め込みすぎても覚えられないだろう?」「君の国より寒いかな」「明日は馬に乗ってみないか?」「この花よりも君のほうがきれいだ」
王子が私に甘々すぎる。
「ええ」「そうですわね」「はい」
そんな返事を繰り返す。ほっとしたのはいろいろ詮索されないこと。二十歳の王子にしてはわがままでなければ強引なところもない。王と王妃には一度会っただけ。王子には専用の居住スペースがあり、一人っ子ゆえにきょうだいが遊びに来ることもなかった。寂しい人なのかもしれない。親は自立のためと思っているがまだ二十歳の若者だ。私が来ると同時に乳母もお役御免になったらしい。
王子に付きっ切りの世話役は若くて、会話から察するに幼馴染のような間柄なのだろう。王子も剣術に国益を考えての経済学から帝王学まで。彼の周りには極端に女の人が少ない。だから苦手なのかしら。私には優しいのだけれど。私が来るから私の侍女たちが急に雇われたようだった。本物のリジーよりも若い女の子もいて、こちらへ来たばかりのリジーの気が休まるようにしてくれたのだろう。
「女の人、嫌い?」
ある日、ブラッド王子に聞いたみた。
「ああ、うん。君と婚約しているのにいろいろあってね」
この国の女の人にとってはきっと本当に王子様。
「あなたを本気で好きな人もいるのでしょうね」
「僕と結婚をして王妃になったからって幸せになれる保証はないよ」
「私にそれを言う?」
「僕は幸せだろうけど」
結婚は二年後らしい。それまでこんな甘ったるい生活?
耐えられない。いや、同じ言葉を話すし、料理も似ている。うん、困らない。逃げた令嬢はこの甘々が嫌だったのだろうか。
こっちに来て二週間、まだライゾン様からの連絡はない。鳥はいいな。国境などお構いなしに王宮の塀も超えてゆける。私があっちに戻るのはひと騒動だ。まず国境を通るのに書簡が必要。船もいるし、警護も。変装してもいいけれど、そうしたら令嬢の逃亡か誘拐で大問題。
泣いて喚いて精神が病んだふりをして一旦国へ帰らせてもらおうかとも考えたがライゾン様に迷惑をかけたくない。
籠の鳥の窮屈さを初めて知る。しかしながら、守られている身なので命の危険は感じない。
ライゾン様、こちらの夏はちょっと涼しいです。眠る前にはあなたのことばかり考えてしまう。私のことは本当に嫁いだものと忘れれてくれていい。いつも他の人にさせていたのに自分だけ首を横に振ることなど私にはできない。ライゾン様もそれをわかってくれているはず。もう私の代わりの女の子を見つけている頃かもしれない。私の代わりなど、いくらでもいる。普通の女の子を見つけてね。プライドが高くなくて美人じゃないほうが誰にでもなれる。そう伝えたくて国のほうへ流れてゆく雲を眺めることしかできない。




