41.私の仕事3
ああ、午後になってしまった。迎えを待つしかない。王子が嫌な人のほうがいい。使者だけが来て、私のことなどひどい扱いをしてくれればいい。逆に優しいと、こちらも相応の対応をしなければ。
「お嬢様、ブラッド王子がお見えです」
本人が来てしまったのね。大丈夫。私はリジー。リジー・ローズ・ウッドレーク。キリーナなんて名前知らないわ。
「ごきげんよう」
王子様は私の顔を見るなり頬を赤らめた。あなたが話してくれないと誰も言葉を発せない。この空気、いたたまれない。
「久方ぶりです」
この人、もしかして令嬢が大好きなのかしら。困ったわ。騙せ通せるかしら。
「出立の準備はできておりますが、その前にお茶でもいかが?」
国を出たら引き返せない。
「是非」
と令嬢の父が頭を下げる。
「そうしよう」
王子様、腰の剣が長すぎて怖いです。
私が座ると隣りの椅子に腰かけた。私を見るから視点を合わせると外されてしまった。
恥ずかしがり屋さんのよう。
「ごちそうさまでした」
一気飲み? そんなに私を連れてゆきたいのかしら。監禁でもされるんじゃないだろうか。私はなるたけゆっくりカップの紅茶を飲み切らないように心掛けた。
「猫舌?」
王子が聞く。
「いいえ」
「ここから離れがたいか。生まれた家だもんな。君が望めば里帰りできるようこちらの国に伝えておく」
と言ってくれた。それっていつ?
結婚まではどれくらいあるのだろう。馬鹿なふりして妃教育を延長すればいいのだろうか。
時間稼ぎしても無駄ね。行かなくちゃ。
「では父上、母上、お世話になりました」
涙ながらに両親が見送る。お上手ですこと。本当の娘のことが気がかりでしょうがないのだろう。私たちの馬車が見えなくなったら血眼になって探すはず。
「リジー、こちらへ」
え、待って。王子と同じ馬車なの? 緊張する。しかも先に乗り込んだ王子に手を差し出されたら掴むしかないじゃない。
「ありがとうございます」
向かい合う形ではなく隣に座った。握ったままの手を離してくれない。ずっとそのままで、船に乗っても遠ざかってくれない。国外に出るのは初めてなのにちっともウキウキしない。むしろ心は冷えるばかり。
港にライゾン様が姿を見せないのは私のためでもある。あなたを見たら、あなたから離れることが辛くなる。でも一目、最後にこの目に焼き付けたかった。
私の知っているあなたは、優しくて、よく笑って、お酒の匂いがして、たまに意地悪そうな顔もする。なんでもできるようでそうではないから人を雇い、人を騙す。反対にひどい目に遭った日にはなんでもないと嘯く。
私がいなくても大丈夫なのでしょう。あなたには頼りになる人が周りにいる。私にはいないけど。
「泣くな」
王子様、寂しいのではないのです。彼の役に立つなら私はいいの。国境を越えると同時にこの気持ちが消えればいいのですが、人間というのは機械のように単純じゃありませんね。
「ようこそ、我が国へ。君を迎える日が来たことを嬉しく思う」
王子にそこまで言わせて私がめそめそしているわけにはいかない。令嬢なら、
「私もです」
と言うに決まっている。
入城した私たちを近衛兵たちが迎える。立派なお城だった。ここで暮らすしかないんだわ。またあなたに会うために生きなくちゃ。




