40.私の仕事2
馬車で公爵家へ向かう途中で私は彼女の人生を覚える。子どもの頃、お転婆で木から落ちて足に傷があること、ピアノが得意。お屋敷に着いてからは身近な人から仕草や癖を聞いて真似る。
「お茶を飲むときは一口ずつゆっくりと。笑い方は…」
侍女や乳母がいると助かる。好きな服装、花、食事。歩き方、微笑み方。動きの癖、口癖、趣味を教えてくれる。近くで見ていた人間ほど覚えているようで記憶に残らないから下女も呼んでもらう。
「午後には迎えが来てしまう」
父親は苛立っているし、母親はおろおろと泣くばかり。てっきり私は両親が娘を匿っているのだろうと思っていた。こんないいお屋敷に住んでいるくせに、一人っ子の王子様と結婚したら王妃になることが決まっているのに、なぜ彼女は逃げたのだろう。私がそれを理解する必要はない。肖像画の彼女を見ながらミランが化粧をしてくれる。
失敗はできない。王命ということは国を挙げて隣国を欺くのだ。
「どうかしら?」
ミランが両親に意見を求める。私は顔が見えるように左右に首を振った。
「おお、こりゃすごい。リジーにそっくりじゃ」
と父親は賞賛してくれたが、母親は何か言いたそう。あとで聞いてみたら、
「最近は痩せてしまって頬もこけていた」
と教えてくれた。
「でも王子様はそれ知らないのよね? だったらこのままでいいわ」
ミランを連れてゆけるかもわからない。令嬢の服は仕立てたように私の体にぴったりだった。背格好も似ているみたい。
化粧と髪結いは任せて、その間に私は王子からの手紙に目を通す。両親の話では婚約式のとき以来、会っていないらしい。リジーの手紙は王子が持っているのだろうから読むことは不可能。手紙から二人の話を推測する。
『好きな食べ物はチーズオムレツ。母様の母親がポルトガルの生まれだから魚介も好きだ』
きっと好きな食べ物を尋ねたのだろう。これは、困った。私は私が書いていない手紙の答えを間違えられない。王子に嘘をついたら死刑も免れられないだろう。
令嬢の絵を見て彼女の成長を推測する。幼いときは可憐な、大人になってからは物静かな印象を受ける。趣味のピアノはなんとかなりそう。習っておいてよかった。本の虫らしいけど、どれくらいの知識量なのかしら。
お昼の少食さにびっくり。でも本人になるということはそういうこと。こそっと隠れてお菓子を食べればごまかせる。
「ひと口はもっと小さく。リジー様はすぐにお腹がいっぱいになるのが顔に出ます」
執事も私に協力してくれる。家のためだ。家が没落したら仕事を失くす人もいる。
令嬢がどこに逃げたのかは気になった。しかしもう私が彼女なのだ。逃げてなどいない。家族と最後の昼食を味わう。




